種別[gsm] 2022-09-21T02:06:03Z
セクショングローバル共有メモ
日時2022-09-21T02:06:03Z
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(承前) ……。…

jrf> (承前)

……。

少し視点を変えて、すでに実現しているものの価値をどう判断するかということを考えよう。

ある死滅のリスクが顕在化して、それを救ったアイデアがあるとしよう。すると、そのアイデアに無限の価値を認めるべきだろうか?

もし、そのアイデアが今後も同じような死滅のリスクを避けさせるなら、それに上の議論における無限の価値を認めてもいいかもしれない。しかし、1回きりならどう考えるべきなのか。例えば、モーゼがなした奇蹟で海を割るというのがあったが、その価値はどう判断すればよいのか。無限に感謝すべきなのか。

すでに実現してしまったが、しかし、実現する確率はあったはずである。それと、アイデアがそれを阻止する確率を比べて、価値が決まるのであって、顕在化したかどうかは関係ないとすべきなのだろうか?

逆に考えよう。敵にとって、海が割れる確率は 0 だった。それが実現したから無限の価値があるのだろうか? しかし、海が割れても助かる確率は 1 ではなかったから、無限の価値まではないのであろうか?

そもそも、過去は忘れるべきで過去に無限の価値があったとしても、それに無限の価値を認めて将来無限の期間反映する必要はないのかもしれない。価値と期間×価値では濃度が違い、期間は有限でいいのかもしれない。(この辺、「来世がないのがよい」との関係が思い浮かぶ。)

……。

無限の価値がありやるべきだといっても、生物は死滅するまでしか働けない。死を受け容れればそれまでである。

死滅したところで、主観的に無限の価値があったとすべきなのだろうか? すべての過去のリスクを取り除いたかどうかは重要ではなく、死滅したそのときを基準にそこからさかのぼってすべて考えなおすべきなのだろうか?