(承前) ……。…
jrf> (承前) ……。 「拡大する文明」ってそれ自体が、アイデアの拡大で、概念が重なっているように思えるという話。 文明を拡大するものとリスクを低減するもの、それが贅沢品と必需品という話であり、だからこそ両者は独立なのかもしれない。話が簡単になってしまったが。… ところで、「平均がない」はどこにいったのだろう!? 拡大する文明をリスクに関して考えるなら、それは一軸で、リスクを最適化するだけで良くなる。文明を拡大するコストと生存リスクを下げるコストの見合いという話になる。 無限の平均到達時間があるのを前提とすると、それ以上に文明が拡大しても関係なくなる。それが必需品の最低限必要な量において、贅沢品の量が独立に決めれるということか? …いや、そうではない。その考え方だとやはり贅沢品の最低限必要量というものが考えられるようになってしまう。 文明の拡大とリスクの低減が判別できないようにする…。それは結局、文明の拡大が一方でリスクの増大ももたらし、減ったかどうか定かではないというところから導くしかないのだろうか? …しかし、それだと、リスクの増大をもたらさない文明の拡大があるならそれをすればいいということになる。 文明の拡大とリスクの低減は無差別…文明の拡大はリスクの低減は行わないが、生存の上限は撤廃し、振幅を大きくする? …振幅を大きくすることでリスクが低減できる可能性が増えることもある?…そうじゃなないな、振幅を大きくすると下に突き抜けるリスクも増えるから、リスクは増幅しそうだけど、定義として「無差別」だから、リスクは増減しないとなるのだろう。そういう無差別な関係が無数に存在しうる…それが「平均がない」ということなのだろうか? …でも、この論には無限の価値とか無限の平均到達時間は関係なさそうだが…。 もしかして、無限の価値なんてものがないなら、拡大する文明を考える必要がなかった…となっているか? それならこの議論にも意味はあるのだが…。