必需品と贅沢品の宇宙的独立関係の話つづき。…
jrf> 必需品と贅沢品の宇宙的独立関係の話つづき。
これまでに…、人類の数は、マルコフ連鎖のようなもので、どこかであればよいなら確率1で絶滅にむかう。それを無限にするものがあれば、確率 0 を動かしたのだから無限の価値がある。…という論を建てた。
これを定式化に近付けるため、もう少しくだいた考え方をしていこう。([google: 再帰軸] または「再生軸」の議論も関係してくるのだろうか?)
マルコフ連鎖で、0 点に戻る「平均再帰時間」等を考えるのが本筋なのかもしれないが、ここではもう少しアバウトに、ある特定の時点(現在)から未来の別の時点を見たとき、そのときの生存確率が有限で、ただ、死滅… 0 に戻る確率は常に 0 ではない…必ず死滅しうる…と考える。現在、打ち出したボールが、どこで落ちるかはわからないが、必ずどこかで落ちるイメージ。その打ち出し方によって、平均的な落下位置の大小は論じることができる…としよう。
マルコフ連鎖のように可算でなく連続の濃度について定義される「過程」で、ある意味、0 への「平均到達時間」は有限である…などと考えるのである。なお、平均到達時間が無限であったとしても、それは 0 へ到達できないことを示すのではない。無限にならせばその確率を無視できるというだけである。
「絶対に」0 へ到達しないことを保証したいとしよう。そのためには、無限の最後においてもずっと 0 に戻らなかったというだけでなく、小区間を取り出したとき、どの小区間でも、0 に戻る確率があってはならないことになる。なぜなら、そこで死滅するなら、無限の先においても死滅があったことになるから。
無限の価値があるもの…それは小区間において、死滅が絶対にないようにするものにおいてもそうなのだろう。
……。
しかし地球が突然隕石と衝突して人類が滅亡する可能性もないわけではない。「死滅が絶対にないようにする」…なんて不可能ではないか?
「認識しているリスク」の範囲内のみで考えてみればどうだろう? 拡大するリスク認識があり、そしてだいたい諦めているリスクというものもある。その中で対処可能なリスクについて対処する。…
対処可能なリスクについては絶対に死滅しないようにするのが「無限の価値がある」ことになるのだろうか? しかし、それでは諦めるものを大きく取ればそれだけで無限の価値が存在することになる。
それとも諦めているリスクに食い込んでいって、広がった対処可能なリスクについて絶対に死滅しないように・またはほとんど死滅しないようにすれば、死滅への平均到達時間が無限になるとき、そのときからのみ、「無限の価値がある」とすればよいのだろうか。
いや、そもそも、地球に住める人類の数は有限だから、上限が抑えられるので、0 への平均到達時間は有限になるという文脈もあった。平均到達時間が無限になるなんて無理なのではないか。ただ、宇宙・多次元への進出など文明がどんどん拡大するなら条件は変わる…しかし、同時にリスク認識というかリスク自体、同時に拡大するはずである。…
どういう形でか拡大する文明を取り、それに応じて拡大するリスク空間において死滅への平均到達時間が無限になればよい、そういう「拡大する文明」を一つ想定できればよいのか…。でも、「拡大する文明」ってそれ自体が、アイデアの拡大で、概念が重なっているように思えなくもない。…