[仏教の最適化プログラムの続き。]…
jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。] いや、戦争は考えないようにしよう。難し過ぎる。一国モデル。すべての集団の上に立つ者がいるモデルにしよう。戦争の代わりに災害の一種として「蛮族」の侵入があるとしよう。「蛮族」の集団は大きいこともあれば小さいこともあり、防御力が高いと襲ってくる確率が下がるが、完全には防げない。 ただ、内乱はあることにしよう。国内のどこかの集団が反乱を起こす…国内の別の集団に攻め込む…というのはないか。内乱は同時発生的ではありうる。それが鎮圧されるにしろ、政権が変わるにしろ、一定期間が過ぎれば内乱は収まる。一国の防御力=警察力が衰えるか、生産物が十分に行きわたらないと、内乱の確率は上がる。 そこに集団の他人を害する確率が関係するかと…というとそういうことではないだろう。だから、一国モデルにした段階で、「他人を害する確率」というのは、いらない…考えを改めないといけない。 集団で他人を襲うこともありうるだろうが、その組織は、支配の集団とは別のものとなるだろう。ただ「わかりやすい悪」のような純然たる犯罪者集団があるかと言えばそれも難しいだろう。市民に犯罪者への協力度合があって、それが集まると犯罪が起きやすくなる? でも、それは、警察力で(マイナスに)表されているのではないか? それとも、生産が足りなくなったときに増えるのが、それなんだろうか? 犯罪実行者も市民の中にいなければならない。窃盗、密売、殺人…密売ができるなら窃盗よりもそちらを選ぶもののほうが多いだろう。殺人も怨恨・強盗・暗殺等で違うだろう。それらによりどういう人間がどういう人間に対してやるかというのが変わってくる。が、そこまでモデル化するのは難しすぎる。 そこでモデルでは、個人が個人を襲うもののみを考える。ただし、個人が連続で他の個人を狙うというのが起こるとする。犯罪は強盗か怨恨殺人のみを考える。強盗のレベルを下げたのが窃盗、窃盗がときおり強盗に変わる。一度、強盗に変わると以降は強盗に変わりやすくなる。怨恨殺人は恨みがある者をゆっくり次々に殺していく。…としよう。そして、罪が重くなるごとに捕まる確率が高くなる。…と。 内乱でも人が死ぬが、被害者はあっても加害者は考えないことにする。奪われた財産は一部消失し、他は、上層に重みがあるランダムな分配がなされるとする。 国のトップには防御力=警察力のパラメータがあるが、下々には防御力のパラメータはなく、財産があれば護りも固いが財産は誘引となるので、ほんの少しだけ財産が大きくなれば狙われやすくなるが、どれだけあってもなくても狙われるところから逃れられない。…としよう。現代というよりは古代社会を考えているからね。 一般に、警察力が効くところは、警察力だけでなく、思念を振り向ける教化も少し代わりになるとする。