↓の最初だけチョロっと読んだところで、認知状態空間が R^n…
jrf> ↓の最初だけチョロっと読んだところで、認知状態空間が R^n であるというのはないんじゃないか?…とまず思った。そこから ChatGPT 5.5(?) (Go 契約)さんに解説してもらった。
《苫米地四法印定理――ミニマル13定理版》
https://tomabechi.jp/TomabechiFourDharmaSealsMini13JA.html
《苫米地四法印定理》
https://tomabechi.jp/TomabechiFourDharmaSealsMini13LayJA.html
その結果、私が大きく引っ掛かったのは諸法無我定理だった。
自己意識はあるとしていて、その自己意識の時間は指定されていない。ならば、それを無限に影響させることも可能なはず。それを何で封じているのか? そう疑問をぶつけると、それはΓの完備性によって吸収されるからだという。
Γが世界の完備性を言っているなら、キリスト教的になるのだと思うが、どうもそういうことではないらしい。むしろ私が理解したのはΓの完備性は縁起論的仮定であるということだ。あくまで認識論的に完備ということで、この世界すべてが縁起論で認識できることだと理解した。
縁起論ならば自己が結果的に「必要ない」のは自明なのかなと思う。最高目的によるが、この論文では、それが空で抽象性の権化でしかないということであるのだから。
ただ、空をそのようにとらえるのも問題だとは思う。空を尊重するのは「働かないこと」を尊重することだ…みたいな考えも持っている私にはちょっとイメージが違う感じがする。
この論文は。基本的には、苫米地さんの認知論を数学的に書き下したうえで証明したもので、その数学的認知論の一例として仏教的四法印がどう表現できるか示したもの、というのが ChatGPT さんの説明をお願いしての評価になった。もちろん、苫米地さんの認知論に仏教が影響している可能性を否定するものではない。