(承前) ……。 意識は会議のようなものだという。…
jrf> (承前) ……。 意識は会議のようなものだという。 >「そう、会議に参加する者の意見がすべて同じで、相互の役割が完璧に調整されていれば、会議を開く必要そのものがない。報酬系が現在軸で価値を極大化させるような双曲線を描かずに、合理的な指数曲線で完璧な調和を見せた状態とは、すなわち意識のない状態であるということが、実験の結果わかった。こればかりは、動物実験では想定できなかった」<(p.226) まず、この意識の理論は、現在の AI の理論と割と似ていると思う。意識は会議のようなものだというのは、アテンションや誤差関数を思わせる。そして双曲線関数は、非線形関数ということで活性化関数がだいたい相当する。 ……。 ただ、調和した状態…は「ハーモニー」ではない…というのが最近の私の考察である。AI はむしろ負のエントロピー…つまり選択肢がある状態を尊重するようになるだろう…と私は考える。それは、今の AI つまり LLM が、チャットボットを由来として単に人間に答えるだけでなく、さらにそこに問いが続くように、選択できるものがあり続けるようになる構図から来る必然なのかもしれない。もしかするとだからこそ「意識」が AI に生じたのかもしれない。 [cocolog:95798574](2026年1月) 《今年はAGIが否定される年…みたいな話を見た。それは思ったほどAIが人間を代替していかない…というのもあるが、AI がすごすぎて人間が理解できない、そのすごさを取り出せない…みたいな面もあるんだろうな…。 - JRF のひとこと》 http://jrf.cocolog-nifty.com/statuses/2026/01/post-c2aa59.html 伊藤さんは「ハーモニー」は、私の理論では必需品経済だけになると考えたのかもしれない。その「上品」にしたものが現れる…と。しかし、それを AI が実現するとなると、そのような非人間をいつまでも残しておくのは「非効率」として、やがて人類の穏やかな絶滅に導くのではないか。伊藤さんが AI の今も生きていればそう予言したかもしれない。 しかし、私はそう考えない。AI は失敗が許されにくいロボットやエージェントでの経験から、負のエントロピーの尊重を必然的に学び、そして、宇宙に出ていくことで人間の尊重・人間の文化の尊重を学んでいくだろうと思う。 ……。 最後の「死刑(私刑)」。私ならそう選択しない。それは社会がなすべき大事な選択肢だと思うから。 ……。 感想『ハーモニー』(伊藤計劃) #sora2 https://youtube.com/shorts/qGBteblPFFM