(承前) finalvent…
jrf> (承前) finalvent さんが挙げた原爆と愛の(性の)成就の比喩については私の統合失調症時の妄想を思い出す。実はこの妄想のときの「神」のようなものとして手塚治虫さんを想像していたりした。 [cocolog:83154639](2015年8月) >> 原発震災自体はマイナスだが、そこでロボットが役に立つというのは宇宙を目指す限り正しい道でもあるのだろう。空想で夢をつなげていくことには意味があるとも思いたい。 2014年4月の再入院の統合失調症では、古代の神のようなものが、オリンピックまで再構築中・工事中の世界を掛け持っているという妄想をした。原子力というのは本当は「死の技術」で、実際には体の一部がなくなったりしているのを、ロボット技術や幻視術などで、そうでないように見せてくれている。原発まわりの世界が妄想を含んで成り立っている。その技術(魔術)を持っているのが、「古代の神」の世界で、それらが我々に借しを作っている。その技術までいつか追いつかなければならない。そうじゃないと時間の掟みたいなものに抵触する。その技術が現実化するまで「彼ら」は眠りを余儀なくされる。…みたいな感じ。 [cocolog:81611945] >私は2014年4月の統合失調症での入院の際、こんな妄想にとらわれていた。原爆が最初に爆発したとき、世界がある意味一度終ったのではないか。それ以来、私達はイマジナリーな生を部分的に抱いて生きている。原発震災によって、イマジナリーな部分は増し、私自身が生きているかも自信を持てない。互いに魔術みたいなもので支えあっているのが今の我々の生なのだ。< または、我々は原子力にも耐えられるように世界が再生成されてきている。「夢の技術」が「癌」などとせめぎあっている。 …テレビで、画面分割されたところで二人の子供が体育を教えあうような場面があった。それを二つの世界をまたく交信のように感じたことがあった…。 これが、これまで「妄想」として語ってきたことが、「私がもたらす信仰」の内容みたいなものにもなるのかな? << 上で「二つの世界」は「ロボット技術」の世界と「幻視術」の世界がまたは「魔法」の世界のことで、それらが大人では干渉しないよう制限されながら子供に対しては体育などを介して教え合っている…などと妄想したのだった。