(承前)…
jrf> (承前) あと、いちおう↓を読んで今回のようなことを言おうと考えた。ただ↓のようなカッチリとした理論と私の論はあまり関係がない(と思われる)。 《清水俊史:X:2025-07-29》 https://x.com/VisAKBh/status/1950038418076950638 >> tam(@tororonto_):> 「仏教においてフェミニズムが成り立たない」のは上座部大寺派の権威ある注釈書類を受け入れているテーラヴァーディンにおいてであって、清水俊史先生のような日本仏教僧侶にあっては経や律の解釈は常に開かれています。というかそうでないと末法に三学は適わず妻帯するけど僧侶ですなんて言えない 清水俊史(@VisAKBh):> フェミニズム仏教については、教理と実務の二つに分けるべき。教理的に解釈は常に開かれていても、二千年以上、男尊女卑を前提とする理解が採用されてきた事実は重い。実務については各々の僧侶が己が裁量で自由にする余地がある。妻帯世襲も教理では許容できないが、実務ではそうではない。 tam:> 僧俗共通の梵網菩薩戒の単独受持によって比丘(僧侶)足り得るという教理が存在し、浄土宗に至って「一得永不失」の妙戒というお墨付きが出ているので、大乗仏教においては教理と実務に矛盾はないはずです。これを恰も上座部の注釈書や教理書に従っているように見立てるとおかしな事になります。 清水俊史:> 問題は「梵網経菩薩戒の単独受持」や「一得永不失の妙戒」の教えがあったとして、それがジェンダー平等を目的としたものであったのか、そう解釈した歴史があったのかどうかです。 tam:> 大乗仏教は歴史上、突然大胆な教理の書き換えが行われてきた「歴史」があるのでジェンダー平等も成り立ちうる余地があるという話であって、これからの話しです。 清水俊史:> 解釈は未来に開かれている以上、粘り強く主張することで、それが正統説になることはあり得ると思います。それには不断の努力が求められますが。 <<