末永高康訳注『孝経・曾子』。…
jrf> 末永高康訳注『孝経・曾子』。 諫言は必要という儒教の基本線は、孝経においても変わらないようだ。 >父に争子あるときは、則ち身、不義に陥らず。(…) (…) 父に諫言する子がいるときは、その身が不義に陥ることはなかったのだ。だから[父や主君の]不義に対しては、子は父を諫めないわけにはいかず、臣下は主君を諫めないわけにはいかないのだ。よって不義に対しては諫めるものであって、[ただ]父の言いつけに従う[だけ]ならば、はたまたどうして孝であると言うことができようか。 <(p.50-51, 孝経)