[cocolog:93763227] つづき。…
jrf> [cocolog:93763227] つづき。 有神論の定理があるから、集団のすべての人は因果応報の「神」を信じなければならないのだろうか? そうではない。 集団が政治によって善をきめ、それで治めるとき、それに人が従うのだから、間接的な善の効果は神を信じない人が含まれていても維持される。それは現代社会を観ればわかる。 逆に間接的な善の効果のあるところでは、誰が・どういう主体がなすかは不分明かもしれないまま、おおむね因果応報が十分にあることを信じていると言える。逆・有神論の定理みたいなものが成り立つ。 では社会の核となる層に限ればどうか。その層は「神」を信じねばならないか? 「神」を信じなくても、有神論の定理が成り立っていることは理解する必要があるのだろう。それを理解する以上に利用しようとして王に宗教的カリスマを与える古代国家のような例もあれば、共産主義国家のように政治だけからその効果を導けるとする例もあるとできよう。