種別[gsm] 2022-06-11T18:08:34Z
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日時2022-06-11T18:08:34Z
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経済シミュレーションの話。つづき? micro_economy_*.py…

jrf> 経済シミュレーションの話。つづき?

micro_economy_*.py 的枠組み。予想値の最適化についてつづきで宇宙論まで。

金利を上げることで投資よりも最終需要を重視することになるという話だった。ではどれぐらい金利を上げるべきなのか。生産の維持さえしてあとは最終需要に全振りするということが考えられる。「生産十分点」まで金利を上げる…ということ。

しかし、そういう考えの他に潜在的経済成長率が上がるギリギリまで金利を下げるという考え方もありうるだろう。それを「経済成長点」と言おう。

そもそも経済成長とは何か。高度な贅沢品がたくさん買えるようになること…ではあったが、そのためには、生産に余裕があり、生存が脅かされないことが条件になる。様々なリスクが減ることが、経済成長の条件の一つであろう。

また、贅沢品増が知財増になり、それによって革新が起きリスク減になるとも考えれるのだった。企業が投資で知財を買わねば知財が増えないまたはリスクが減らないならば、最終需要を増やして贅沢品と知財を増やすことと、 むしろ投資を増やして企業が知財を買い知財を増やしリスクを減らすことの間にはトレードオフがある。そのトレードオフを按分するところに「経済成長点」があるということになろう。

……。

ところで、ゲームの消費はどう考えればいいのだろう。

ゲームは余暇の価値を高め、全体の効用を高めるとは言えるかもしれない。しかし、それはこの効用をあまり考慮しないモデルにおいては何にあたるのか?

生産十分という条件のもとで、失業が発生しているとしよう。失業のストレスは知財の生産を減少させるだろう。ゲームのような生存には関わらないものが産業になることで失業が減ると、ストレスがなくなり知財が増えることになるのではないか。株式の配当を通じて、「失業者」が知財を増やせるようにもなるかもしれない。

一方、余暇を選ぶために生産が減る側面は残念ながらあるかもしれない。しかし、そこは、ワークシェアリングを意図せずにやっていると考えればよいだろう。

ここで重要な考え方は、知財をただ増やそうとしても、失敗者を増やすだけで、失業者を生むのに対し、贅沢品を増やそうとすることが、(非自発的)失業を少なくし、逆に知財を増やすことがあるということである。ゲーム自体はリスク軽減をしないとしても知財増がリスク減をもたらすこともあるだろう。

ひるがえって、リスク軽減だけを目的としても、それはなされず知財をまず増やさねばならないという側面があるのではないか。これらをつなげるとリスク軽減のためには贅沢品を増やす必要があると思われる。

ただ、しかし、やみくもに贅沢品だけを増やそうとしてもそれはそれで失敗するだろう。(将来の)リスク軽減も同時に追及する必要があるものと思われる。

生存の重視が将来の生存の重視になり、将来の生存の重視は、知財の生産の中に含まれ、それは贅沢品消費に含まれている。

(続く)