[仏教の最適化プログラムの続き。]…
jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。] 易の本を続けて読んでいる(ここまでずっと再読)。 三浦 國夫『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 易経』(角川ソフィア文庫, 2010年) を読んだ。 >孚 俘虜(捕虜)・俘獲が原義で、「まこと」はその仮借義。『易経』中に五十ほど「孚」の用例があるが、本書ではすべて「捕虜」「戦利品」といった方向で解釈した。<(p.49) うーん、私は「孚」は「得た物」「得た獲物」ぐらいの意味で、「孚有り」はよく占いで「失[う]せ物みつかる」というのがあるがあれで、その「失せ物」が「孚」なんじゃないか…とか思った。小畜卦九五「孚有ること連如たり」は「獲物がぞろぞろある」ということ。なぜ「孚」から「まこと」の意味が出てくるかと言えば、「贈り物」が「まこと」の表現だから。ただの「贈り物」じゃ賄賂的で「まこと」じゃないから、贈ったことがまことを表すものになってないといけない…とすると、その贈り物は「人質」のようなもので…とすると「補虜」の意が正しいとなるか…。むむむ。 ただ萃卦六二「孚は乃ち禴に用うるに利あり」を「捕虜はお祭りの生け贄に使うのによい」と訳しているが、確かに『易経』は古いもので旧俗が載っていることがあるとしても、またその時代に捕虜を殺すことはあったとしても、捕虜を人身御供して祝う時代まで古くはないのではないか。特に爻辞は。ここは「得た物」ぐらいの意味ではないのか。 ……。 >本書では「貞」を原義にさかのぼって「問う」「占う」と解釈している。<(p.32) 確かに、「元亨利貞」の「利貞」は「占ったことはよかった」または「占ったことにはよい結果がある」で良のかなと思うが、「貞吉」とかの「貞」は文脈から「つつしんで」ぐらいの意味のように思う。一瞬、占った人間については吉という意味かな…と思ったが、それは文脈に合わないように思う。 ただ爻辞の全部の「貞」が「つつしんで」かというとそうではなく、小過卦九四「勿用永貞」の「永貞」は「永き貞[と]い」…「長期の占問に用いてはいけない」と訳すのは正しいと思う。 一方、巽卦上九「巽[い]りて牀下に在り、その資斧を喪う。貞凶」というのは、お金を失って、それでじっとしていたら凶だということだから「貞」は「つつしんで」だと思う。