種別[gsm] 2021-08-17T09:10:26Z
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日時2021-08-17T09:10:26Z
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[仏教の最適化プログラムの続き。] 軽犯罪について。tombs…

jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。]

軽犯罪について。tombs の数が多く、僧の数が少ないと軽犯罪が増える…という話。担当僧が生きてる墓は hating の最大値を 0.5 以上であれば 0.5 に切り詰め、生きていない墓は 0.5 にし、そうしたものを Tomb すべてについて平均し、それが 0.5 に近いほど軽犯罪率が増える…ことにしようという話だった。

なぜ、0.5 に近いほど軽犯罪が増えるかというと、0.5 に近いと自分の生きている世界が荒廃していて、軽犯罪を犯さないと生きていけないように見えるからだろう。そのような「荒廃世界の幻想」が軽犯罪を起こしていると考えられる。

「荒廃世界の幻想」に寄与するのは、死者の hating だけではあるまい。むしろ現世の生者の hating のほうが強く作用しそうなものである。とすれば、上の 0.5 という数値は、むしろ現世の hating の平均を替わりに使ったほうがいいのではないか。現世の hating の平均が 0.6 なら、担当僧が生きていれば 0.6 に切りつめ、生きていない者は 0.6 にする…といった感じで。

しかし、そうすると tombs すべてで平均した数値は、現世の平均から若干下がったものにしかならず、ほとんど現世の平均の数値でその影響がとても強くなってしまう。死者に関する「バーチャルな真実」がほとんど働かない。それでは「来世」の効果がないといってもいいのではないか。

これではいけない。もう少し別の理論が使えないか。現世の平均より死者の平均が重視されるロジックはないものか。

こういうのはどうだろう? 僧がメディアを支配しており、僧の語ることのほうが真実の重みがある。人々が tombs を見るのは、時を得たメディア幻想のためである。…と。しかし、これは古代においても嘘だ。人々は、人々が憎しみを語るのを日々聞いているはで、僧だけがマスメディアを支配しているというのは考えにくい。

こういうのはどうだろう? 現世の憎しみが多いと、罪人を憎む者も多いから、捕まる人も多くなる。捕まる人が多いと、軽犯罪を犯すのもためらわれる。ところが死人の場合は捕まらないので、死者の部分だけが、問題になるのだ。死ぬ間際の hating の平均こそが問題なのだ。…と。

これを真実とするほうが都合が良さそうだ。ただ、そうすると、「憎しみが多いと捕まる人が多い」ように実装しないといけないだろう。現世の憎しみが増えると囚人の数が少し増えるが、軽犯罪の数には影響しない。現世の憎しみやカルマのある者のほうがそうでない者より犯罪を起こしやすいというだけである。軽犯罪の数…すなわちカルマの上昇に寄与するのは、死者の hating のみである。…と。

ここで、僧の数が多いと囚人が少なくなる。…ということが言えそうだ。僧の数が多いほど soothe で介入する平均が下がる、すなわち、僧の数が多いほど憎しみが少なくなる。死ぬとき憎しみが少ないと、それが上述の効果を通じて、捕まる人が少なくなる。すると囚人が少なくなる。…あたかも僧になれなかった人が囚人になったかのような関係だがそういうことではない。

憎しみが多いと捕まる人が多い。…でないと、「来世がないほうが良い」の効果が崩れる。これがなければ「仏教」が有効でなくなる可能性がある。仏教の芽の一つがこんなところにあるのかもしれない。

キリスト教は、終末に皆が平等に救われるわけではなく、選民思想的な部分を持っている。それが「皆がどうか」を見ない、荒廃世界の幻想を参照しない姿勢を作り、荒廃世界の幻想と(軽)犯罪増加によるカルマの上昇の関係を切り離す。キリスト教はローマの辺境で起こっており、警察と市民が切り離されていたため、憎しみが多いからと言って捕まる人が多いとは限らなかったため、このような関係が生じた面もあるのではないか。

ここがキリスト教と仏教の根本的違いの一つで、キリスト教の「トリック」がある部分かもしれない。ただ、ここからどう組み立てれば「キリスト教」全体になるのかは私にはわからないが。