種別[gsm] 2021-06-04T16:44:41Z
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[仏教の最適化プログラムの続き。] 戦闘と信仰理解について。…

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戦闘と信仰理解について。

「来世がないのがよい」から、来世に報いがないので兵は殺してよいになるのだろうか、来世に報いはありうるが、僧などが宗教的にとりなして護持してくれるから、安心して戦えるということになるのだろうか。

いずれにせよ、「信仰理解」が兵の強さに結びついてる可能性はある。戦争=蛮族からの侵入に対する訓練レベルの上昇には、支配層の「信仰理解」も反映されるべきだろうか。それをいうなら、あらゆることについて、民の「勤勉さ」が重要なので、民の信仰心がからむとすべきではないか。具体的には、教育レベルの平均値を公共事業の達成にからませるべきではないのか?

「来世がないのがよい」、「生きなければならない」、「自己の探求がよい」(あらため「思考と思念を深めるのがよい」)のうち、宗教的なのは、「来世がないのがよい」だけと言える。この本目的三条件を最適化するとき、「来世がないのがよい」を優先することは、「信仰理解」の戦闘に対する効果を大きくすると言えるのではないか。

逆にいうと「来世がないのがよい」の追及は、信仰する者の戦闘を妨げないようになされるのではないか。信仰する者どうしなら平和になるようにする。しかし、信仰してない者に対しては、殺すことが救いになる…といった教えになりはしないか?

なりはしない。それなら、信仰理解が予言を通じて、戦争を防ぐような効果もなくなるだろう。

信仰理解が高ければ、「生きなければならない」を強調するなどして、迷って戦闘に参加しない者の目を覚ますことはできるかもしれない。しかしそれ以上の効果はない。それ以上の「狂信」をなくすることが、むしろ、「来世がないのがよい」の追及であろう。

信仰理解が高ければ高いほど強いというふうにはしない…。信仰理解が高くなれば強くなるというのには threshold がある。その threshold が高いと狂信により予言は有効でなくなり戦闘が増える。ただ、あまり threshold が低過ぎても予言への影響はないので、threshold は 0.5 ぐらいが最適になる。その追及も、「来世がないのがよい」の追及である。…となるのだろうか。予言の有効でなくなり具合をちょうどよい塩梅にするのが、「来世がないのがよい」の追及となるのだろうか…?

おそらく教育レベルが公共事業に与える影響も同じだろう。教育が高いほど公共事業がよくなるというのは、狂信に近い。教育が高いほど公共事業がよくなるのには threshold がある。その threshold が高いと狂信により予言は有効性を失いがちになる。threshold は 0.5 ぐらいが最適。…なぜ狂信に近いか。このころの教育は科学とは限らず、宗教教育も指すため、合理性が増すばかりとはならないからではないか。なぜ、予言は有効性を失うか。それは、僧達が非合理性のうちに生活できるようになるからではないか。

……。

公共事業に対する仕事を q、忠誠による効果を p1 とすると、p1 * q を実際の仕事としたい。同様に、教育による効果を p2 とすると、p2 * q を実際の仕事としたい。ただ、両者をあわせて p1 * p2 * q とすると、値が小さくなり過ぎるので、相乗平均を使って sqrt(p1 * p2) * q などとしたほうがよいだろう。相乗平均 sqrt(p1*p2) でなく相加平均 (p1+p2)/2 を使っても良いかもしれない。見透しが良いという点では相加平均のほうがよいか。