種別[gsm] 2021-05-21T09:18:31Z
セクショングローバル共有メモ
日時2021-05-21T09:18:31Z
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大竹 直人(指揮) 東京交響楽団『佐村河内 守: 交響曲 第1番…

jrf> 大竹 直人(指揮) 東京交響楽団『佐村河内 守: 交響曲 第1番 「HIROSHIMA」』(録音: 2011年, 発売: 日本コロムビア・DENON 2011年) の CD を聴く。

ゴーストライター問題で話題になった本作。最近、日本人作曲家の曲の CD を買っていくなかで、この「話題盤」も聴いておくべきかと思って買った。

Wikipedia によると、この曲は、全聾と「偽って」いた>佐村河内が企画を提示し、作曲家の新垣隆がモチーフの作曲から構成、オーケストレーションまでを担当した曲とされている<…とある。このごろは AI の作曲も話題となり、モチーフの提示による作曲という概念は、昔とは違う新たな光を投げかる面もあったように思うが、そういう面での論争はほぼ起きず、この件は単なる醜聞で終ってしまったようなのが私には残念だった。

聴く前の私のスタンスは「ペテン」の全貌を知る前の許光俊の『作品自体を評価すればそれでいいのだから』というスタンスに近い (その後に許光俊は「佐村河内に騙された。それも十年以上にわたって騙された」と述べるのだが。) (このあたりは Wikipedia の情報)。

一聴して、まじめな曲だと思った。誰かをダマそうとして作られた曲のようには思えない。作曲は2003年だそうだが、90年代後半から00年代前半にかけて、社会がペテンが暴露されると同時にペテンに染まらなければ生きていけないような時代だった。その時代なりに「彼ら」は本物を目指したのではないか。

作曲の際に佐村河内守は、様々な作曲家や曲を挙げたそうだが、この曲は決して「折衷的」という感じを受けなかった。現代「西洋」が交響曲を忘れているのをショスタコーヴィチからの流れを手がかりに後期ロマン派的文脈を思い出したかのように思える。(ところどころ佐村河内守の指示のようにメロディはバロック的になり、それがイイのであるが。)

以前、日本の作曲家の曲を集めた CD を聴いたが、新古典から「現代曲」まであって、新古典が古典を思い出すものとして、ロマン派的なものが抜けがちなのかもしれないと思った。アニメなどの異世界物が西洋的なのは、西洋文化になった日本の過去が西洋的でないのの埋め合わせのためという側面もあると私は考えている。同じように、音楽にもロマン派的なものを日本人は求めてしまうのではないか。Wikipedia でいろいろな作曲家の項目を見ると、実際ロマン派に回帰している人はいるようだ。その割になかなか商業的な成功がないようなのではあるが…。

しかし、求められながら、なかなか商業的に成功しなかったのが、この CD は、成功した。アニメ『けものフレンズ』でないが、一度壊れた関係を修復して、社会も寛容に許し、再びの成功が狙えないものか。…と思う。