種別[gsm] 2021-05-18T15:20:23Z
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日時2021-05-18T15:20:23Z
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[仏教の最適化プログラムの続き。]…

jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。]

「来世がないのがよい」、「生きなければならない」、「自己の探求がよい」(あらため「思考と思念を深めるのがよい」)(…この三つを「本目的三条件」として参照)という最適化をしている他に、システムを作る上での「命令的前提」がある。

それは、システムが、「リアル・自然であるほうがよい」、「簡単・単純であるほうがよい」、「動作しなければならない」(…この三つを「システム三条件」として参照)ということについても「最適化」のようなことをしている…ということである。

システム三条件を満たすシステムを作った上で、システム内で本目的三条件を追及している…とできるならカッコ良いのかもしれないが、「リアル・自然であるほうがよい」である以上、実社会を反映する必要があり、実社会は本目的三条件をある程度すでに反映しているため、「リアル・自然であるほうがよい」を追及していれば、本目的三条件を否定的に動かす自由がそもそもないところからはじめねばならなくなる。

本目的三条件への対応は、ある程度、システム三条件への対応と同時になされねばならない…ということになる。それは何か評価値という数値を作っての「最適化」とは少し異なる部分があるということになろう。そのような「最適化」とは何か、それをする一般的な戦略のようなものはあるのだろうか?

……。

例えば「生きなければならない」を否定した上でリアルなシステムというのを作ることができるだろうか? それには「生きなければならない」より優先される何かがあるということがリアルに感じられなければならないとなるだろう。それはとても切羽詰った状況になるはずだ。例えば戦争のために個人の生より集団の生が優先するといったそういうことをシステムに組み込むということになるだろう。それは「生きなければならない」が否定されたものとして想像しがちなものとはかなり違う。

……。

システム三条件については、別の言い方もできる。「動作しなければならない」は、プログラムとして作ろうとしている…ということで、「簡単・単純であるほうがよい」は、人が…特に将来の(呆けた)私が…理解できなければならない…ということ、さらに、「リアル・自然であるほうがよい」はそもそもリアルをうつすことが大目的である…ということである。

リアルをそのままプログラムで走らせることはできず、何がしかの単純化は必要である。それと、人が理解できるほどの単純さである必要があることは、微妙に差異がある。このあたりにあいまいさがあるのは、「本目的三条件」でも集団か個人かで詰め切れてないのと同じく、詰めきれてないところだと言えるだろう。