[仏教の最適化プログラムの続き。]…
jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。] 近親婚を好んでおこなうとどうなるか。支配のときに困るのではないか。「他人」じゃないと命令しがたいということがあるのではないか。同族嫌悪があるがゆえに逆に従えないようなことがあるのではないか。 養子の判断で、家族の hate がないということを使った。そういうことが命令の際、一族に関して起こりうるということ? どうして近親婚があると、一族の hate が出てくるかといえば、近親婚はまた近親離婚の可能性を表し、そこで hate がたまるからではないか。 史実(?)のヨーロッパでは近親婚に近いものがあったが、それは支配層に限られ、「他者」に囲まれており、命令できるものがたくさんいたこと、離婚が禁じられ hate がたまりにくかったため、可能だったのではないか? ただ、これらを考えるには「反逆」のモデル化が必要かもしれない。それとも、hate が支配層どうしにあると、うまく統治できない…とかで十分だろうか? (うまく統治できない=「災害」に弱くなる?)