[仏教の最適化プログラムの続き。]…
jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。] 私が今やってることは何なのかというと、「科学」ではなく「哲学」なのだと思う。 「シミュレーション」と言えば「科学」のように聞こえるが、それぞれの数値・モデルの根拠は薄弱で、それは私がどう考えるか・偏見を持っているかというのを反映するものでしかない。 逆に言うと、そのような「偏見」を明示的な言葉にしていくこと自体が一つの目的となっており、自己を掘り下げる「哲学」の意味はあるのではないか。…と思う。まぁ、プロの哲学者からすれば、私のは哲学以前の話だろうが。 仏教が宗教というより哲学の側面を強く持っているように、私の「シミュレーション仏教」は科学というよりは哲学の側面を持っていると思う。これを人が受け継がねばならないとするのならある種の宗教にすらなるのかもしれない…。 コンピュータをおともに(それをある意味「補助脳」として)行う「自己の探求」、私のはそういう「哲学」。