種別[gsm] 2020-10-14T20:44:28Z
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日時2020-10-14T20:44:28Z
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[仏教の最適化プログラムの続き。]…

jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。]

僧は施設のかわりに教えを「悔い」として作るという話。僧の悔いは本当は大きくないが、大きいと信じる者にとっては、恨みを小さくさせることができる。…とすればよいのではないか?

このような「信」は執着ではないのだろうか? 思念の固着に違いなく、ある種の執着と言えるだろう。が、恨みを小さくさせるので、業が発生する執着とは逆のものと評価できるのかもしれない。ある種の「方便」。それを見つけ出すのも思念の探求にあたるのだろうか? 詐欺との違いは何なのか?

僧集団が永続企業みたいなもので、人生の何万倍・何億倍も続くと想定されるからか…? でも、僧集団は人々の中にしかなく、新たに罪を帯びたものが僧に加わることもあろう。悔いの量が問題となるなら、それが無限に発散して利子が払えなくなる感じにならないためには、一人の僧の一生で、悔いの量が十分とならないとおかしいのではいか。罪のない偉い人が悔いをするから、それでチャラになる? すると、以前の、善行のために悔いを多くしすぎるのは涅槃から遠ざかるという理論とは矛盾をきたすことになる。

僧は、別の僧が恨みのある者にはたらいて(さとして)恨みを減じることができる、そういう時間・システムがある。悔いの量より減らす恨みの量の問題。…ということだろうか。集団の思念の探求によって恨みは減じうる…と。[恨み] - [悔い] は個人の属性だけの問題ではない…と。

……。

「最適化する」というものの、それは難しいことが予想される。まず、「生きなければならない」というのは子供を生んでちゃんと育つかを考えなければならない…ということは、数期にわたっての最適化を見る必要があるが、数期に渡る最適化というのは難しいものだ。また、善行を他者の最適化スコアを良くすることと書いたが、最適化スコアをみる善行したかどうかが最適化スコアに影響するという循環的構図があるのも話を難しくする。

コマンドの戦略を決め、それで数期まわし、長期的な全世界スコアを見るなり、平均個体スコアを見るなりして、それをフィードバックするのではなく単に比較するだけという形にすればいいだろうか。

……。

五戒の一つ、飲酒の禁について。

酒を好むというのは、執着であり思念の固着の一種だが、ロジカルな思念の固着ではなく感覚的なものである。

酒を飲むコマンドを実行すれば、自分(の集団)への害の確率・他人の集団への害の確率を一時的に上げる…少なくとも一時的な業があると言えるだろう。ただ、昔は痛み止めとして意味があっただろうし、現代もストレスから逃れるのに役立つ面もあり、人によっては一時的には生きやすくなると言えよう。(まぁ、そういうときは「酒」と呼ばず、「薬」と呼ぶべきなのかもしれないが。) 一時的に個人の恨みを減らす効果があるかもしれないが、思考・思念の探求は(それを集団に行きわたらせることも)阻害されるだろう。

…とりあえず、これぐらいか。

……。

五戒の一つ、邪淫の禁に関連して性愛について。

これも酒を好むのと同じである種の執着で思念の固着だろう。邪淫というほどふければ、仕事に支障が出て、自分(の集団)への害の確率・他人の集団への害の確率を一時的に上げることになろう。ただ、それより他者の配偶者を奪うなどして、恨みを買うことが問題である。これが、他人の集団への害と単純化できるかは難しいところ。

性愛がないと、子供が生まれず「生きなければならない」が満たされなくなる。上にも書いたが、子供が生んで育てるのは長期の事象なので、最適化が難しいだろう。

…今はとりあえず、これぐらい。