「自帰依」は釈尊が死を前にしてアーナンダに伝えた言葉であり、アーナンダの中に釈尊…
jrf> 「自帰依」は釈尊が死を前にしてアーナンダに伝えた言葉であり、アーナンダの中に釈尊がいる(教えがある)ということも含まれていると考えてもいいのかもしれない。それは「自力」というよりは、「他力」によって教えが生き延びていくということではないか。 もちろん、釈尊はアーナンダに釈尊のように教えることを期待していない。涅槃に入るとは他人の自力に期待する(できる)ことでもあるのだろう。…と思う。
jrf> 「自帰依」は釈尊が死を前にしてアーナンダに伝えた言葉であり、アーナンダの中に釈尊がいる(教えがある)ということも含まれていると考えてもいいのかもしれない。それは「自力」というよりは、「他力」によって教えが生き延びていくということではないか。 もちろん、釈尊はアーナンダに釈尊のように教えることを期待していない。涅槃に入るとは他人の自力に期待する(できる)ことでもあるのだろう。…と思う。