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セクションJRF のひとこと
日時2016年07月08日
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Moses Maimonides 著『The Guide For The…

Moses Maimonides 著『The Guide For The Perplexed』を読んでいる。Part II の終りまで読んだ。アリストテレスの議論について。
JRF 2016年7月8日

少し前からこの本を英語で読んでいる。6月中旬([cocolog:85424726])から読みはじめて 前回([cocolog:85464900])に Part I の終りまで読んでいた。今回は続きから Part II の終りの 48 章まで。

JRF 2016年7月8日

『The Guide For The Perplexed』(Moses Maimonides 著, M. Friedla:nder 訳, Dover, 1956年)
https://www.amazon.co.jp/dp/0486203514
https://www.amazon.com/dp/0486203514

この本は、1904年に出た版から注などを取り除いた上で、一冊にまとめ上げて 1956年に出た版らしい。

JRF 2016年7月8日

……。

少しだけ抜き書きする。…部分としては「少しだけ」だが、説明は長い。

JRF 2016年7月8日

……。

Part II の Introduction (p.145-149)では、アリストテレス(Aristotle)とその仲間達による 26の命題が紹介されている。それをはしょりながら、引用していこう。

JRF 2016年7月8日

>Proposition I. The existence of an infinite magnitude is impossible.<

JRF 2016年7月8日

前回も無限に関する議論をしたが、無限の幅というのはリアルには存在しないのだろう。ただし、幅の厚みがゼロだと、平面に直線を敷き詰めることで無限の幅・長さも表現できるから、magnitude というのはキューブや力のことであるのだろう。

JRF 2016年7月8日

ただし、数学的に扱う場合、例えば、重力の問題で、他の天体の影響をいちいち考えずそれらは無限遠にあると扱ったほうが便利であることがある。また、理論を作るためには無限でないといけない部分があったりすることもあるだろう。そういう仮想的な無限はまた別の話なのだろう。

JRF 2016年7月8日

>Proposition II. The co-existence of an infinite number of finite magnitudes is impossible.<

JRF 2016年7月8日

実数の二点間の幅は連続の濃度で、それは整数全体の集合の濃度より真に濃い。つまり、整数で幅の中の点を一対一対応で関数づけることはできない。…という現代数学の定理に近いことをここで述べているのだとしたらすごいことだ。

JRF 2016年7月8日

>Proposition III. The existence of an infinite number of causes and effects is impossible, even if these were not magnitudes; (…)<

JRF 2016年7月8日

これはよくわからない。アキレスと亀の例(参:[cocolog:85237794])で、亀がアキレスが来たのを確認し、それを原因として前に進んで行っていると考えた場合、等比数列の無限列、すなわち、原因の無限列が現れる。そういうのはなぜダメだと考えたのだろう。

原因というのは人が挙げるべきもので、人がカウントできなくなった時点で、それ以降は考えないということだろうか。もし、そういう命題なら、取り扱いに注意を要する。

JRF 2016年7月8日

>Proposition VII. Things which are changeable are, at the same time, divisible.  Hence everything that moves divisible, and consequently corporeal; but that which is indivisible cannot move, and cannot therefore be corporeal.<

JRF 2016年7月8日

サイコロの目に応じて違う動きを人がする場合、もちろん、サイコロの目を見て脳の信号処理があるというのは corporeal (実体がある)なんだろうが、概念的にはサイコロの目を判断して動くまでの部分は incorporeal (無実体)と考えられないのだろうか? 動いてからの motion の後半は、corporeal だけど動く直前までは incorporeal とできないか? 例えば、プログラムなんてものは、incorporeal なものとしていいのではないか?

JRF 2016年7月8日

だから indivisible なものでも一部は incorporeal だが、一部は corporeal で changeable なものもあるのではないか。

JRF 2016年7月8日

>Proposition IX. A corporeal thing that sets another corporeal thing in motion can only effect this by setting itself in motion at the time it cases the other thing to move.<

JRF 2016年7月8日

これは、作用反作用の法則のことなんだろうか?
JRF 2016年7月8日

>Proposition XII. A force which occupies all parts of a corporeal object is finite, that object itself being finite.<

JRF 2016年7月8日

オブジェクトが有限という意味は難しい。三次元内にあるといっても、無限の作用の可能性を持っていると考えてなぜ悪いのか。実体あるものどうしは、有限な時間で可能な有限な力でのみ作用するとしないと議論が成り立たないということはあるかもしれない。でも、そのような制限を、これからやるように神の存在の証明などに使っていいのかは疑問がある。

JRF 2016年7月8日

>Proposition XV. Time is an accident that is related and joined to motion in such a manner that the one is never found without the other.  (…)<

JRF 2016年7月8日

あいかわらず accident の意味がわからない。Time is an accident ってどういうことだ?

JRF 2016年7月8日

>Proposition XVI. Incorporial bodies can only be numbered when they are forces situated in a body; (…)<

JRF 2016年7月8日

そうでないと数えられないと言っているだけで、その数が一だと言ってるわけではないことに注意。

JRF 2016年7月8日

>Proposition XVIII. Everything that passes over from a state of potentiality to that of actuality, is caused to do so by some external agent; (…)<

JRF 2016年7月8日

これはちょっと違うんじゃないか。臨界現象…自己組織化のようなのは potentiality から actuality へ媒介なしに状態が変わると考えられるんじゃないか。

JRF 2016年7月8日

>Proposition XXII. Material objects are always composed of two elements at least, and are without exception subject to accidents.  (…)<

JRF 2016年7月8日

原子(atom)論とは違うということだけど…。

JRF 2016年7月8日

>Proposition XXV. Each compound substance consists of matter and form, and requires an agent for its existence, viz., a force which sets the substance in motion, and thereby enables it to receive a certain form.
JRF 2016年7月8日

(…)

The force which thus prepares the substance of a certain individual being, is called the immediate motor.

(…)

Matter does not move of its own accord (…).
<

JRF 2016年7月8日

永久運動装置の否定かな。どこかにモーターがある、または、エネルギー源があるという議論。マイモニデスは第一原因または the Prime Motor に議論を結びつけているけど。

JRF 2016年7月8日

>Proposition XXVI. Time and motion are eternal, constant, and in actual existence.

In accordance with this proposition, Aristotle is compelled to assume that there exists actually a body with constant motion, viz., the fifth element. (…)
<

JRF 2016年7月8日

第五の要素…。

マイモニデスはこの eternality (はじまりとおわりのなさ)は後に否定する。

JRF 2016年7月8日

……。

Part II の Chapter I では、神の唯一性(Unity)、無実体(Incoporeality)、第一原因(the First Cause or the Prime Motor)の存在を証明する。

とてもこみいっていてわかりにくい。私は正直、論証できてないと思う…というかできるはずがないと思っているが、「わからない」ため、どっちとも言えないと本当は言うべきなのだろう。

JRF 2016年7月8日

>Similarly it may be shown that the ultimate cause of all genesis and destruction can be traced to the motion of the sphere.<(II-I, p.150)

JRF 2016年7月8日

太陽が天球(sphere)に属していて、その太陽が生物に必要なエネルギーの大部分の供給源になっている。過去の太陽のエネルギーや地殼エネルギーも関係しているかもしれないが。

しかし、サイコロの目で動く場合など、原因を辿る場合は、地上で原因の端が終ると考えざるを得ない場合も多いのではないかと私は思う。

JRF 2016年7月8日

>The result of the above argument is consequently this: the sphere cannot move ad infinitum of its own accord; the Prime Motor is not corporeal, nor a force residing within a body; it is One, unchangeable, and its existence independent of time.<(II-I, p.151)

JRF 2016年7月8日

accidental な motion が休止するというのは、外乱みたいなものは考えなくていいということなんだろうと思う。でも、実際にはカオス現象みたいなものもありうるから、本当はそうじゃない。天球の the Prime Motor が accidental に動くといった場合は、むしろカオスのようなことを考えないといけないのだと思う。その終りは見通すことはできず、現象であれば現時点までは finite なんだろうが、Incorporeal な部分から現象がはじまっているとすれば、infinite (無限)と考える必要も出てくるのではないか。

JRF 2016年7月8日

天球が ad infinitum でありえないということは言えないのではないか。

JRF 2016年7月8日

The Prime Motor が corporeal でないというのには、原因が無限に続けられないということを使っているが、無限に続けられないということから言えるのは、corporeal であると言えるかはわからないということまでではないか。その可能性は否定できないと私は思う。

JRF 2016年7月8日

The Prime Motor が one であるというのは、それが Incorporeal だからで、Proposition XVI を使っているんだろうが、上にも書いたようにそれはそれが数えられないことを示すのみで one であるかどうかはわからないと思う。

JRF 2016年7月8日

変化できる(changeable)かどうかは物理的にしか定義されておらず、Incorporeal なものについては変化がどういうものかは決まっていないのだと思う。変化できないものだとすると、Incorporeal なものというのはプログラムのようなものに限られるのではないか。アリストテレスとその仲間達は Incorporeal なものとして自然法則を考えていたのかもしれず、それで良かったのかもしれないが、神を想定するマイモニデスの立場からはそれではダメだろう。時間に関係ないというのも同様のことだと思う。

JRF 2016年7月8日

>Since there are undoubtedly beings of a temporary existence, there must also be an eternal being that is not subject to destruction, and whose existence is real, not merely possible.<(II-I, p.152)

JRF 2016年7月8日

はじまりもなく終りがないもの、eternal なものというのはそれが疑われるものがありうるのかもしれないが、確証はないのだと思う。ここは possibility を actuality に引き上げてしまっている議論だと思う。

JRF 2016年7月8日

>It is now clear that there must be a being with absolutely independent existence, a being whose existence cannot be attributed to any external cause, and which does not include different element; <(II-I, p.152)

JRF 2016年7月8日

ここの議論がまったくわからない。どの命題を使うかは書かれているのだが、馬鹿な私は論旨をまったく追えない。"absolutely independent" ってどっから出てきたんだ。ここは eternal な実在があるというところから、命題によって、absolutely independent existence があるところまで引っ張ってきてるわけだが、そんなことが可能とはとても思えない。結局、ダークマターかブラックホールかそういうものの存在が言えるのが関の山ではないか。eternal なんだけど他にほとんど干渉しないものが無数にあるとだけ言えるのではないか。

JRF 2016年7月8日

これとは別に、potentiality から actuality を導き出すのにその the First Cause を求めるような議論があって、それは上の Proposition XVIII で書いたように私は異なる意見を持っている。そして、そこから唯一性を求める議論があるが、やはり Proposition XVI. を使っていて、数が数えられないのを One だと解釈している。…ように私は思う。

JRF 2016年7月8日

さらに別に、世界は有機的(organic)で分業しがたいという議論から唯一性を求める議論もしているが、これは前回のカラームの唯一性を求めるところと同じで弱い議論なのだと私は思う。二神の上にさらに神がいるということを導いたとしても、その上の神が二神でないかどうかは不明なわけで、論が循環してしまう。それを避けれるような議論にはなってないように私は思う。

JRF 2016年7月8日

さらに、唯一性などから無実体を導く議論もしているが、これも前回のカラームの無実体の証明と同じく弱い議論だと思う。

JRF 2016年7月8日

この章の議論の本質は、カラームにおいて難しかったところをアリストテレスの命題の複雑さに帰着して、そこに真実性を委ねてしまうところにあるのだと思う。マイモニデスとしては慎重に命題が適用できるかを考えているはずで、アリストテレスの命題を信じるかぎり簡単には論駁できないのだと思う。でも、アリステテレスが本来想定した適用限界を超えてマイモニデスが論証を行なっているという私の観方は、間違ってはいないとも思う。

JRF 2016年7月8日

……。

…と書いてみたものの、Part II の II 章以降を読んでいくと、アリストテレスが有名な形而上学(Metaphysics)で神の可能性や天球に知性があることの論証を行なっていたことを知らされる。上の命題によって神の存在の証明などをするとことは想定外どころか、アリストテレス自身がやっていたことなのかもしれない。マイモニデスの方法のほうが正しいのかもしれない。私には信じ難いが。

JRF 2016年7月8日

《形而上学 - Wikipedia》
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E8%80%8C%E4%B8%8A%E5%AD%A6

そしてアリストテレスの議論の成果として描かれる天界の姿は、『神曲』([cocolog:85108135])の天国篇で私が読んだもののネタ元なのだろう。

JRF 2016年7月8日

形而上学(Metaphysics)の命題は、物理学(Physics)の命題によって反証できないように構成されているだけで、それらから論証できるようには構成されていないのではないか? というか、私はそうあって欲しいと思う。私のこの願望が事実に沿うものかを、私はアリストテレスとその仲間達の著述を調べて確かめるべきなのだろう。が、今の私にはそこまでやる気力はない。

JRF 2016年7月8日

……。

天球と魂(soul)について。

>We merely intend to say that the locomotion of the sphere undoubtedly leads us to assume some inherent principle by which it moves; and this principle is certainly a soul.<(II-IV, p.156)

JRF 2016年7月8日

天球が知性(Intelligence)を持ち、アイデア(idea)を保持するのだそうだ。現代の天体観からはとてもじゃないが出てこない議論。哲学者達は恒星天と七つの惑星天に the Active Intellect の一天を加えて 10 の Intelligence があると考えていたそうだ。

「星に祈る」…という素朴な信仰が、どこでどうこんがらがったか、こんなふうになるんだね。(もちろん、唯一神信仰のマイモニデスは星に祈ることを否定する。)

JRF 2016年7月8日

……。

マイモニデスは、先賢(our Sages)は間違いを認めてきたという。

JRF 2016年7月8日

>It is quite right that our Sages have abandoned their own theory; for speculative matters every one treats according to the results of his own study, and every one accepts which appears to him established by proof. (II-VIII, p.163)

JRF 2016年7月8日

Part II の続いている章では、アリストテレスの議論を聖書記述にあてはめていくような作業をマイモニデスはしている。どうしてもあてはめきれない記述でもあったんだろうか?

JRF 2016年7月8日

……。

マイモニデスは「時間」も神が創造したことに考えが及んでいる。

JRF 2016年7月8日

>Even time itself is among the things created; (…) We say that God 'existed' before the creation of the Universe, although the verb 'existed' appears to imply the notion of time; (…)<(II-XIII, p.171)

JRF 2016年7月8日

前々回([cocolog:85424726])、神が「過去の創造」をすることがありうる、「過去を創造する」前の「過去」を考えないといけないのかもしれないが…というようなことは、すでに考えられていたということだろう。

JRF 2016年7月8日

一方、哲学者達の観方として宇宙(the Universe)が eternal (はじまりがない)という議論も紹介している。その場合、物質(substance)も eternal でなければならない。物質が壊れても何もなくなったりせず、何もないところから物質が生成されることもない。今でいうエネルギー保存則みたいなものだろうか。それを彼らは信じていて、神と共に eternal に物質はあったという。神ですら何もないところから生成できないのは、正方形の対角線の長さを辺の長さと同じにできないのと同じで、原理的に不可能なこと。神の全能性に抵触しない。

JRF 2016年7月8日

天国については、哲学者達の間でも違いがあって、プラトンは天国は壊れうる(transient)と考えていたのに対し、アリストテレスは天国は eternal に回転していると考えていたそうだ。

JRF 2016年7月8日

……。

>The actual production of a thing is preceded in time by its possibility.  The actual change of a thing is likewise preceded in time by its possibility.<(II-XIV, p.174)

JRF 2016年7月8日

そうだろうか? 抽象画を描いてみてからそこに意味を見出す。関係がはじまってから、姿を見出し、関係を深めるごとに姿がはっきりしてくる。…ようなことはここで考えてはいけないのだろうか?

JRF 2016年7月8日

……。

神は常に世界に働きかけているのだから、今のこの世界が常に、perfect (完全)に近いものなのだという考え方もある。

JRF 2016年7月8日

>The philosophers therefore contend that this existing Universe is so perfect that it cannot be improved, and must be permanent; for it is the result of God's wisdom, which is not only always present in His essence, but is identical with it.<(II-XIV, p.175)

JRF 2016年7月8日

ユダヤ教徒の迫害にあい苦しい立場も経験したマイモニデスは、しかし、ここにほぼ何もコメントを残していない。戦争とかそういうのがあったとしても受け容れて生きねばならない。…それはそうだが、理不尽でもあると思う。特に(マイモニデスも信じるように)人に自由意志があるとすれば、それによる争いに正義は見出せないことが多いだろう。

JRF 2016年7月8日

……。

マイモニデスによると、(私が上で願望したように、)アリストテレスは、the Eternity of the Universe や天球に関することを議論はしたが証明はしていないそうだ。

JRF 2016年7月8日

>My conviction is, that what Aristotle says on the Eternity of the Universe, the cause of the variety in the motion of the spheres and the order of the Intelligences, cannot be proved, and that Aristotle never intended to prove these things.<(II-XV, p.177)

JRF 2016年7月8日

アリストテレス自体は、現在我々が知っているような自然法則による「必然」で天球の動きが説明できるようになることを望んでいたらしい。

JRF 2016年7月8日

マイモニデスは一方で、神による「デザイン」論を採る。

>There is no doubt that every one of these things is necessary and in accordance with a certain design; and it is extremely improbable that these things should be the necessary result of natural laws, and not that of design.<(II-XIX, p.188)

JRF 2016年7月8日

[google: インテリジェント・デザイン]論ってのもあったね。マイモニデスはどちらかというと chance による物ごとの形成を否定してデザイン論を採っている。「神はサイコロを振らない」とはアインシュタインの言葉だったか。私はサイコロの目による動きみたいなものは原因がないと見えると見てそこに大きな意味は見出しているのだけど、マイモニデスやアリステテレスにとって、そういうものは、はかないものに過ぎないのだろう。

JRF 2016年7月8日

……。

マイモニデスは、聖書において、神の実体がある(corporeal)のように書かれているのに、神が無実体(incorporeal)であるかのごとく比喩的に解釈しているように、創造論ではなく、the Eternity of the Universe を信じて聖書を比喩的に解釈していくことも不可能ではないという。しかし、無実体は証明できるのに対し、the Eternity of the Universe は証明まではできないし、聖書を解釈しなおすにも無理が多いことから、その方向をしりぞけている。(I-XXV, p.199)

JRF 2016年7月8日

……。

自然法則があって、無存在だったものが存在を持ったのなら、無存在のほうが自然な姿だったんだろうから、the Universe についてもはじまりがあったのなら終りがあるはずだという議論があるようだ。

JRF 2016年7月8日

>(…)since the previous non-existence proves that the nature of that thing does not necessitate its permanent existence.<(I-XXVII, p.202)

JRF 2016年7月8日

一方、創造論に立てば神の意志や願望によって物事は存在しはじめるので、終りを想定する必要はないという。

最後の審判らしき概念はこの章では出て来ない。ただ、創造論に立つ者でも終りの存在を信じていたものがいたらしきことが記されている。

JRF 2016年7月8日

ちなみに最後の審判の場合、「the Universe」はなくなるかもしれないが、天国や地獄の形で世界は続いていくと考えるのだろう。それも「the Universe」と呼ぶのかどうか…マイモニデスの意見がどうなのかはわからない。

JRF 2016年7月8日

……。

Part II の後半、まだまだ話は続くのだが、集中力が切れたのか、ほとんど頭に残らなかった。英語の文法で私が混乱したことも多かった。

JRF 2016年7月8日

Part II の XXXII 章から終りの XLVII 章までは預言者について論じていた。預言者にはどういう素質が必要かとか、預言が the Active Intellecct から降りてくるとか、預言とそうでないものとの違いは何かとか。例えば、預言は、ヴィジョンによってか夢よってかしか与えられない、しかも、必ず天使を媒介にする。…とか、天使が語る場合はヴィジョンではなく夢による場合に限る。…とか、そうでないように聖書が読める場合は、必ず比喩的に解釈できる。…とか。

JRF 2016年7月8日

……。

……。

今回も前回のように長くなるかと覚悟していたが、そうならなかった。Part II の後半部分に興味を持てなかったからだと思う。Part III ではどうなることか。Part III を一応、今は読むつもりでいるが、関心は薄れている。

JRF 2016年7月8日

英語。単語の意味はそれぞれわかっても、文法的なものが頭に入ってこなくて、文全体の意味をつかめてないことが多々ある。これは慣れるしかないんだろうと思っているが、何か良い訓練法があるんだろうか。この本にはところどころラテン語の慣用句らしきものが出てくるのだが、その意味がネットでも調べにくくて困っている。ただ、ラテン語が出てくる頻度はわずかなので、それが文の意味を取るのを邪魔しているとまではいえない。

JRF 2016年7月8日

こんな読書を続けて何の意味があるのかという思いはないではないが、読んでる間は英語に気をとられているためか、暗いことを考えないで済むのが救いになっている。この方向で何か成果を出すことを考えるべきなのか。

JRF 2016年7月8日

つい先日、いつも飲んでる睡眠薬を飲み忘れて寝ようとして眠れない日があった。そのとき、眠れない興奮の中、過去の私がしたこと(プログラム等)がすごいことだったような想像をした。現実は金も稼げてないし注目も得られてないのですごいことはないんだけど、今の心の持ちようとは違う自分の在り方もありえるのかな…と少し思った。

JRF 2016年7月8日

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Moses Maimonides 著『The Guide For The Perplexed』を読んでいる。Part III の終りまで読んだ。読み終った。神義論、ヨブ記に関してなど。 

受信: 2016-09-29 18:14:59 (JST)

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Moses Maimonides 著『The Guide For The Perplexed』を読んでいる。解説、Introduction と読んで、Part I の 33章まで読んだ。私は自分が馬鹿だとはわかっているつもりだったが、そう指摘されてムッとしてしまう。... 

受信: 2016-09-29 18:16:42 (JST)

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