神の全知性
全知性を強調して四次元上の全知性しか考えないことは、神が予測し得ない決定を行える者を神が「創造しえない」と考えていることを意味する。すなわち神の全能性に疑問を呈しているのである。もちろん、そのような創造をできるとした場合は、神の全知性は過去の事実と将来の可能性の認識や大まかな計画に限られることになる。 全知性を強調すると、創る苦しみはあるかもしれないが、人にわかる間違いがあると考えることは難しくなる。この立場における自由意思は、人間は自由意思があると認識するのみで、実際にはないということになる。 全能性を強調する立場のほうが、いろいろバリエーションを考えることができる。 グノーシスでは、全能の創造神、全知の至高神といった解釈になるのだろう。 更新:01/07/14 初公開:2006年02月04日 16:50:46
後方参照 (6 件)
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