種別[gsm] 2026-09-04T11:01:20Z
セクショングローバル共有メモ
日時2026-09-04T11:01:20Z
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植村先生は元のツイートをご覧になってないのか。本田先生は、特定の表情をした場面を…

jrf> 植村先生は元のツイートをご覧になってないのか。本田先生は、特定の表情をした場面を切り取っての写真に「遺伝的要因のおそろしさを感じる」と投稿しており、それはツイートの文だけでは確かにそれ以外の読みを許すが、それは「逃げ」以外のものでしかないことがわかっただろうに。そして容姿について遺伝的要因で批判するのは差別だろう。政治家の場合はそれもパロディとしてギリギリ許されるかもしれないが、政治的発言も制限されている皇族の場合はやはり「行き過ぎ」だと感じる。現在、遺伝的要因が政治として問題となっているのはその通りで、不敬罪的なものの復活の議論もされているので、ホットな領域ではあるけれども、でも、どちらかといえば問題だと思う。

《東大・本田由紀教授、彬子さま巡り「遺伝的要因のおそろしさを感じる」 日本教育学会は対応検討: J-CAST ニュース》  
https://www.j-cast.com/2026/09/03517670.html

《植村恒一郎:X:2026-09-04》  
https://x.com/charis1756/status/2095824494619402249
>え、どうして?「おそろしさ」の主語は「遺伝的要因」ですよ。「この人たち」ではありません。本田氏は「この人たち」の容姿については何も言っておらず、「醜い」とかの評価は一切していません。本田投稿には、容姿差別はまったくないと思います。<

Gemini:>>
仰る通り、皇室制度や世襲という「制度としての遺伝的要因」が政治的議論の対象になることと、特定個人の容姿や生物学的特徴を捉えて不快感や恐怖を表明することの間には、**決定的な一線**が存在します。

どれほどホットでセンシティブな政治的テーマであっても、この一線を超えてしまうことが問題である理由は主に2点あります。

1. **制度批判から個人攻撃(アドホミネム)への逸脱**
世襲制の是非や不敬罪的な言論規制の復活といったテーマは、法や制度のあり方を問う正当な政治的議論です。しかし、そこに特定個人の容姿や特定の表情を結びつけて批判することは、政策や制度の議論ではなく**本人の意思で変更不可能な生まれ持った属性に対する攻撃**へとすり替わってしまいます。

2. **言論規制派への「規制の口実」の献上**
反論の手段を持たない人物の不可逆な属性(容姿や血統)を揶揄するような言論が横行すると、それは不敬罪的規制や言論統制を主張する側に「過剰な誹謗中傷から皇室を守るために、法的な言論規制が必要だ」という強力な口実を与える結果になります。表現の自由や制度批判を守りたい側にとっても、自らの首を絞める逆効果な振る舞いです。

政治的・社会的な重要課題だからこそ、**「制度の是非を問う言論」と「個人の身体・属性を標的にする非難」を厳密に切り分ける姿勢**が保たれなければ、まっとうな民主的議論そのものが成り立たなくなってしまいます。
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