「(AIが補助すれば)人間にわかる」ためには人間の教育も大事となる。「オープンモ…
jrf> 「(AIが補助すれば)人間にわかる」ためには人間の教育も大事となる。「オープンモデル」の推論は公共事業として提供される。そういう意味では「オープンモデル」自体がある種の国家事業となっていくのだろう。ただ個々の人間は教育の成果を自分のものにすることを正当だとは感じるままだろう。「自分(達)だけにはわかる」ということをなんとかして保護したいと思うだろう。しかし、それを資格試験のようにしてしまうと子供を育てているような社会の核となる層が多く脱落してしまう。そこで集団として Humanity's Last Exam みたいな「ベンチマーク」を AI に与えられてそれを解ける集団が、「オープンモデル」サービスを販売するみたいな形になるのかもしれない。大学の意味が変わるのかもしれないな…。