Chamley-Judd や Kaldor…
jrf> Chamley-Judd や Kaldor のように資本課税すべきでなく資本蓄積を重視すべきだという経済学の議論…蓮見亮『動学マクロ経済学へのいざない』([cocolog:93532297](2022年6月))で読んだのですが、それについて次のような数学的批判をしたんですね。 [cocolog:93532297](2022年6月) 《資本家に有利すぎる財政モデルを批判する。蓮見 亮『動学マクロ経済学へのいざない』に目を通した。特にその第3章の財政モデルが資本税を否定し消費税を肯定するところに問題を感じたのでそれを批判する。 - JRF のひとこと》 http://jrf.cocolog-nifty.com/statuses/2022/06/post-3e0e5b.html >>さて本題の第3章の財政モデルの批判である。 本では第3章の結論として次のように言われる… >モデルによるシミュレーション結果は、税収が足りない場合に消費税と資本所得税という2種類の選択肢があったとき、総合的に判断して消費税率を引き上げて税収を確保するほうが望ましいという結論を示唆していると解釈すべきである。<(p.61) これはモデルが恣意的なためそういう結論になったと私は主張する。 二つの方向がある。 まず、(1) 消費税 τ_c は、物価の上昇を通じて、蓄積された資本の必要量を実質的に減らすのではないか。つまり、例えば Y_t を計算するときに、K_t は (1 + τ_c) ** b' で割る必要があるのではないか。これは結局、結論部において A := A/((1+τ_c) ** b) とすることに相当する。よって、K^* の式にも τ_c が含まれることになる。 そして (2) 個人の資本と国全体の資本を混同して K_t としているが、ならば、国費から投資がなされるときそれは個人の資本に含まれるべきではないか。私の論に都合がよいように、国費から τ_k * r_t * K_t よりも大きい γ_t * r_t * K_t (γ_t > τ_k) が公共投資されたと考える。つまり、予算制約式 (3.2) は… (3.2)の左辺 = (3.2)の右辺 + γ_t * r_t * K_t …と考える。これは結局、結論部において、τ_k := τ_k - γ とすることに相当する。よって、γ = τ_k とすれば、逆に K^* の式に τ_k が含まれないようにすることができる。 つまり、「資本税を取る以上に公共投資をしている限り、消費税を引き上げるほうが、更生は悪化する」と言えることになる。 ただ、特に私の (2) は恣意的過ぎるように思えるかもしれない。予算制約には、消費も含まれているため、公共投資だけでなく全支出 g_t をむしろ足すべきではないか…と考えることのほうが自然に思える。 (3.2)の左辺 = (3.2)の右辺 + g_t …とすると、実はこれを整理すると、(2.28) 式のラムゼイモデルに戻ることになる。ここから、(2) は恣意的かもしれないが、そもそもの財政モデルが恣意的であったと私は考える。 << それについて Gemini さんは計算をした結果結局は賛同してくださった。 https://gemini.google.com/share/79de6ebd30fb ただ、この議論、今となっては「弱い」です。AI という資本が労働をかなり代替することが見えてきて、「消費課税をするなら資本課税もすべき」という結論では手ぬるく、資本課税をなんとしてもすべきという結論が必要に思います。すると、この議論の前提を疑うことになるわけですが、例えば完全雇用が前提だったとすれば議論は崩れるわけです。どうでしょう?