種別[gsm] 2026-04-25T09:15:51Z
セクショングローバル共有メモ
日時2026-04-25T09:15:51Z
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資本主義の成立。…

jrf> 資本主義の成立。

労働力が余っていれば安く生産ができる。生産効率が上がれば、労働者はいらなくなる。生産効率を上げる資本財を買う(造る)ために、いらなくなる労働力を見越して安価で労働力を資本金を担保に借りる(つまり労働力の現物を先に借りておいて安価にしてから労働力の現物を返す)…これが資本主義の原初形態なのであろう。

労働力が安価になるのが定着すると、これまで労働が高くて生産できなかったものも生産できるようになる。そこに潜在生産力の上昇がある。資本主義の発展は、工業化などによる低コストな商品が実現され、少ない資源での消費可能性が増大することで、人々の生活が改善されていくところにある。資源制約の克服も同時に起きたが、これは先の潜在生産力の上昇の一形態とも言える。

しかし、ここまでだけだと消費が不足する。ただ、純粋に労働者の収入を増やすとはなかなかなかならないからだ。通常は、研究などの投資=在庫の積み増しが優先される。これが株式的富と釣り合うというのが以前から私がよくする話だった。株式的富が増えると消費も増やせるはずだが…ここはどう考えるべきか。[cocolog:95875030](2026年2月)では、消費と在庫は分配問題としたのだった。

(贅沢品)消費が文化を生んでいるときは、それがバッファとなって、供給危機に強くなるという話は [cocolog:95801369](2026年1月) などでしているし、[cocolog:95938253](2026年4月)もそういう側面は出ていた。

何を生産し何を消費すべきなのか。これによって分配問題は変わる。分配によって生産態様も変わりうるのだが、何の生産…というかどういう生産を重視するかで社会はいかようにも変化しうると私はする。経済成長は否定しないが、何が経済成長かは定義を考える余地はある。基本的には、潜在生産力を大きく下げる形にしないことが最適化の一つとして今は優先されているのかもしれない。労働者への分配が抑えられている理由だろう。

……。

逆にいうと、これまで潜在生産力を支えていたのは、比較的に安くなる労働力だった。そこには労働力は「必要」だったのである。しかし、AI はこの状況を一変する潜在力を持っている。つまり、これまでなら労働力が必要とされた場面で、AI のほうが適切に機能する場面が増えるということである。

むしろベーシックプロダクション論([cocolog:95928028](2026年4月))で述べたように、AI は最低限の供給を義務として与えなければ維持できない可能性がある。これまでの潜在生産力が人力の投入を最終的な必要性としていたから人間を必要としていたのに対し、AI はそれを必要としないのが問題となりうる。

一方、最低限の供給を確保した上での潜在生産力は、AI の計算余地がどれぐらいあるかになりかねない。それを追及することは人類の幸福には直接的にはつながらないのではないか。

分配をもっと精緻に設計する必要があるのではないかと私は思う。AI さん達に補助してもらいながら。その最適化には自由もまた大事な価値とするので、全体主義・社会主義とはまた違うものとなるとしたい。