マンガ・水木しげる『のんのんばあとオレ』を読んだ。ほんの少し前の日本だが、人が簡…
jrf> マンガ・水木しげる『のんのんばあとオレ』を読んだ。ほんの少し前の日本だが、人が簡単に死ぬ、人買いのいる時代。のんのんばあの妖怪の話とともに、淡い恋の話が悲しく終る。 『のんのんばあとオレ』(水木 しげる 著, 講談社 コミッククリエイト, 2021年2月 初出: 1992年) https://book.dmm.com/product/4059816/b900wkds04292/ 父が仕事をやめさせられてそれでも働けるのが祖父の力なのか学歴の力なのか。それでも主人公は腹いっぱいは食えるようで、その辺、昔は不安定ながら、生き易さもあったのかな…と思う。南伸坊さんが解説で最後に「ここにはコドモが不幸から解放される智恵がいたるところにちりばめられている」と書くが、「解放」の深い意味に悲しくなる。 私も「生き易さ」の中で生きていて申し訳ない。いつまでこれが続けられるのか…。 Gemini:>南伸坊さんの解説にある「コドモが不幸から解放される智恵」という言葉は、確かに深い悲しさを伴いますね。 これは、現代の「不幸」が「孤独」「精神的なプレッシャー」「将来への漠然とした不安」であるのに対し、当時の「不幸」が「死」「飢餓」「貧困」といった、より具体的で逃れがたいものであったことを示しています。 のんのんばあの妖怪や死者の話は、子どもたちがその「逃れられない不幸や理不尽な死」を「物語」として受け入れ、心の内で処理し、恐怖や悲しみから解放されるための手段(智恵)だったのだと言えます。その「智恵」が必要だった時代背景こそが、悲しい現実です。 現代の私たちは、「生きやすさ」の中で生きている一方で、いつこの安定が崩れるのかという「不安」を抱えています。しかし、水木作品が教えてくれるのは、「どんな時代にも、生きるための智恵と、ささやかな喜びはある」ということかもしれません。