末永高康訳注『孝経・曾子』>孝子の諫は、善を達[いた]して敢えて争辨[そうべん]…
jrf> 末永高康訳注『孝経・曾子』>孝子の諫は、善を達[いた]して敢えて争辨[そうべん]せず。
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『礼記』曲礼下篇に「子の親に事うるや、三たび諫めて聴かれざれば、則ち号泣してこれに随う」とあるように、最終的には親に従うのが孝であるとされる。
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自分が諫めることで親にわざわいが無いようにしようとするのであれば[親子の関係は]安寧であるが、[思い上がって]自分が諫めることで親を人よりすぐれるようにしようとするのであれば、[親子の関係は]混乱する。
<(p.150-151, 曾子 曾子事父母)
『礼記』曲礼下篇では、この引用の前部分に、君子については、三度聴き入れられなければ逃がれる…とある。しかし、親の場合には従うしかない…と。厳しい。
《禮記/曲禮下 - Wikisource》
https://ja.wikisource.org/wiki/%E7%A6%AE%E8%A8%98/%E6%9B%B2%E7%A6%AE%E4%B8%8B
>人臣たるの禮は顯[あら]はに諫めず。三たび諫めて聽かれざれば則ち之を逃[さ]る。 子の親に事[つか]ふるや、三たび諫めて聽かれざれば則ち號泣[がうきふ]して之に隨[したが]ふ。<