種別[gsm] 2024-07-22T02:13:11Z
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日時2024-07-22T02:13:11Z
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アサクリ問題の黒人奴隷問題。…

jrf> アサクリ問題の黒人奴隷問題。

↓を「文の対比」としてみると、「イエズス会は黒人奴隷を禁じた」に対比して「日本は黒人奴隷を流行らせた、一部証拠がある」という構造になっている。書かれている文章はそうなっていない(日本全体については書かず九州沿岸の話に限定している)けれども。これは不当ではないのか?…という疑問を発することはできる。書かれていることを部分的に取り出すと一面として正しいが、合わせると別の印象を作るアンフェアなレトリックの例になってないだろうか?

>弥助は日本を旅した最初のアフリカ人ではなかったが、これだけ高貴な人物に随行したアフリカ人は彼が最初だったにちがいない。イエズス会士は清貧の誓いを立てて奴隷制に反対しており、通常はアフリカ人を伴うことはなかったからだ。ポルトガルやアジアのほかの地域から来た貿易商たち -- 宣教師とは異なる行動原理を持つ外国人たち -- がアフリカ人を伴うことはあったが、この当時は貿易商が九州沿岸から離れることは滅多になかった。したがって弥助は内陸部に赴くたびに、大騒ぎを引き起こした。地元の名士のあいだでは、キリスト教徒たろうとなかろうと、権威の象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ。弥助は流行の発信者であり、その草分けでもあった。(トーマス・ロックリー『信長と弥助』)<

ただ、自分を省みたとき、そういうレトリックを知らないうちに使ってないかと言われると苦しい。そういうのを使わないように注意し続けるのは難しい。しかしながら、それを指摘されて納得すれば、可能な範囲で文を改善することを試みるとは思う。

今回の場合、私の考えでは「アフリカ人奴隷を使うという流行」を「アフリカ人を使うという流行」にまず書き換えて欲しい。岡 美穂子. さんはむしろ「イエズス会士は(…)奴隷制に反対して(…)アフリカ人を伴うことはなかった」という部分に違和感を感じていらっしゃるようだけれども。