「暴力(的革命の可能性)を内包する」とは、それを徹底的に監視しコントロールするこ…
jrf> 「暴力(的革命の可能性)を内包する」とは、それを徹底的に監視しコントロールすることではない。暴力の可能性をかかげるような団体にさえその意見をいう自由を開いておくことだ。非寛容に非寛容になるとしても、そんな中でも寛容さを忘れてはいけない。表現の自由はとても大切なものだ。 犯罪者を野放しにしろというつもりはないが、「根絶」まで追い込もうとするのは、むしろおかしなことになるだろう。 「すべてを法によって規制しようとする者は、間違いなく犯罪を除去するよりは、むしろそれを生み出すであろう」(スピノザ) …の名言のいう通りである。 私はどちらかというと体罰肯定論者だが、これはその論拠と似ている。言論では汲めない意志がありうることをおろそかにしてはいけない。言論の場に促そうとすることそのものは間違っていないにしろ。