京極夏彦&柳田國男『遠野物語remix』を読んだ。京極夏彦が遠野物語を現代語訳し…
jrf> 京極夏彦&柳田國男『遠野物語remix』を読んだ。京極夏彦が遠野物語を現代語訳し並べ替えたもの。遠野物語は民俗学の嚆矢、岩手県遠野地方の少し不思議な話を集めたもの。怪談風の民話だが、怖がらせるようには語られていない。 『遠野物語remix - 付・遠野物語』(京極 夏彦 & 柳田 國男 著, 角川文庫, 2014年6月) https://www.amazon.co.jp/dp/4044083223 https://7net.omni7.jp/detail/1106415848 VRChat に遠野物語のワールドがあって、そこに行く前の予習として読んだ。 remix じゃない原文の『遠野物語』が現代文のあとに載っていて、現代文を読んだあとなので、原文のほうも意味がわかって読めた。 ……。 p.127, 69 の馬とまぐわった娘を父が殺す話は、馬に関する伝説としてスキタイなどにも似たものがあり、スキタイの神話は吉田敦彦『日本神話の源流』([cocolog:94490727])の第5章にあるのであるが、確か柳田のこの話もそこにあったはず…と思ったが見当たらない。思い違いであったか。しかし、どこかで 69 の話は読んだことは確実にあるので、私が読んだ本の中にあるはずである。が、どれかはもうわからない。 ……。 p.120, 102 の小正月に子供が餠をもらいに回る話は、ハロウィンのようである。盆など、そういうお菓子などがもらえるイベントは各地にあるのだろう。 ……。 >昔は、六十を超えた老人は、皆この蓮台野[デンデラノ]に追い遣ってしまう風習があったのだそうである。老人達は、家を出されたからといって徒[いたずら]に死んでしまう訳にもいかないから、日中は里に下り、農作を手伝うなどして糊口を凌いでいたという。<(p.141, 111) 姨捨山は伝説に過ぎないという説も読んだことがあるが、似たような話はどうもあったようだ。ただ、完全に捨てるというよりも、拙著『宗教学雑考集 第0.8版』《コラム 「捨て扶持」理論》のように、死ぬときは先に死ね…でも生きていられるなら生きていて…というものだったようだ。おそらく老人の聖化の過程が、口減らし的に明治のころは感じられたのだろう。 ……。 >京で九貫のから絵のびよぼ、見よへにさらりたてまはす (意: 京の都で九貫目もした唐絵の屏風を、三重四重にも立て巡らせているではないか。)< この歌を柳田は収集した歌の中で最も面白いと感じると書いているのであるが、なぜ面白いのか私には理解できない。京極も理由を書いていないのはいじわるに思った。 ……。 >人の口と筆とを倩ひたる<(p.269, 初版序文) 読めなかった。ググると、倩[やと]ひたる…と読むようだ。