種別[gsm] 2024-05-05T12:10:02Z
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日時2024-05-05T12:10:02Z
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女房文学の成立には、出産(結婚)が奨励されない女性の存在が反映しているのかもしれ…

jrf> 女房文学の成立には、出産(結婚)が奨励されない女性の存在が反映しているのかもしれないな。その奨励は貴族の子女の教育に集中するため。そういう女性が子の代わりに世に遺すものとして。

他の結婚する女性が受け継ぐ昔話と衝突しないよう、大人向けの物語が求められた側面もあったか。竹取物語が紀貫之という男の手になるという説もさもありなん。

人工子宮を見据えてまたは少子化を目指して出産しない女性のモデルが求められる中、雁琳さんが新しい「フェミニズム」として女房文学に注目するのは、間違っていない気がする。

《桃缶ココハナ:X:2024-04-30》  
https://twitter.com/momokan_create/status/1785113282732531719
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竹取物語って作者不明とされてるんだけど、紀貫之なのでは説があって、土佐日記見ると確かに節回し(ダジャレとか)が似てて信憑性あるなあと感じた。
で、こないだ土佐日記読んでたら土佐で亡くした幼い女の子を偲ぶ部分があって、それを見てふと思った。

竹取物語の作者がもし紀貫之ならば、かぐや姫は幼くして亡くなった我が子を模しているのかも。紀貫之50代後半?くらいの頃にできた子だとすると、竹取の翁とかぐや姫の親子年齢の差や、歳をとってからの子がめちゃくちゃ可愛いことなどの心情と符合する。

かぐや姫は未婚を貫くが、これはもしかして紀貫之自身「たとえ帝が求婚してこようとウチの娘は嫁がせん!」ていう溺愛にも見えるし、未婚のまま幼くして亡くなったことを暗に仄めかしているともとれる。ひょっとしたら紀貫之は娘の死について「いったい何のために娘は生まれてきたのか」と自問し

かぐや姫が何のために地上を訪れたのかという物語に昇華させて、娘の魂と自分のやるせない心を供養したかったのではないだろうか。
竹取物語はタイトルもいくつか説があって、「竹取の翁の物語」といわれることもある。だとすると、主人公は竹取の翁であり、彼の苦悩が物語の軸になる。

もし竹取物語の作者が紀貫之で、亡くした娘を偲んで物語として昇華させたかったとするならば、紀貫之は自分自身の苦悩を翁という人物に投影して書いたことになるのでは…。

あくまでわたしの妄想なんですけどね。
物語を書くひとって、自ずと自分自身をどこかに投影させて書くことになる気がする。
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《Risa:X:2024-05-01》  
https://twitter.com/l3iqoe/status/1785464407549436411
>うーん、でも、万葉集にも原型の長歌が残ってるからな…たぶん元は口伝で伝わってきたお話か、歌で紡ぐお話なのよ。それが平安時代に物語化されたんだろうね。その物語化に紀貫之が携わってるって意味なら、分からなくはない。<