《[哲学] 谷口一平:「マイナス内包」としての性自認の構成 -…
jrf> 《[哲学] 谷口一平:「マイナス内包」としての性自認の構成 - charisの美学日誌》 https://charis.hatenadiary.com/entry/20240221/1708505984 >(2) 「人称装置が様相化装置である」(85)とか、「中心化された可能世界」(86)とかも、根本的に誤っている。「中心」というのは「今、ここ」と同じく時空規定であり、時間と空間は一つしかなく、いかなる世界もすべて時空的に繋がっている(時空は「歪む」ことはあっても、裂け目、切れ目はない)。だから時空を超越した複数の可能世界というものはなく、世界はただ一つしかなく「可能世界」というものは存在しない。存在するのは「現実世界」ただ一つしかない(これが『純粋理性批判』におけるライプニッツ批判の中核)。つまり「中心」とは、「今、ここに現実にある」世界しか存在しないということである。だから、「中心化された可能世界」とか、「机の向こうに座っている牧田恵実さん(86)から私=谷口一平の世界が開けている可能性」(86)などありえない。 < 時空は一つしか存在しないとは考えない。論理学の公理系において、互いには矛盾するが、それぞれが無矛盾な体系は存在する。それは一つに統合できない。 もちろん、それをカッコに囲み、たとえばこの世界で同時に両者を並行して論じることはできる。しかしそれは、それぞれの論理の宇宙が、一つに統合されたものではないと私は考える。