>誇りとは、人間を創ったときに神がもったであろう観念への信仰である。<…
jrf> >誇りとは、人間を創ったときに神がもったであろう観念への信仰である。< 《ララビアータ:ディネーセン (山形新聞への投稿) - livedoor Blog(ブログ)》 http://blog.livedoor.jp/easter1916/archives/52619590.html アフリカでブリクセン夫人は、> ある時、かつては悲劇役者をしていたが、今は落ちぶれ果てているヨーロッパ人と出会い宿を貸す。男の身の上を聴いて彼女は、「世の中で貴方ほど不幸な人は聞いたことがない」と漏らす。男は言った「それでも誰か一人がその役を引き受けなければならないわけで」。いくらか同情して、会計か運転でもできれば雇ってやろうと思うが、彼はワインの味を正確に言い当てたり、イプセンを長々と朗読するくらいしか能がない!それがこの土地で何の役に立とう? 翌日彼は、タンガニーカへの百数十キロもの道を旅立っていく。野生のライオンのいる平原を突っ切って。当然死が予想されるが、半年後その男から手紙が届く。途中たまたま、誇り高いので有名な戦士マサイ族と出会い、その勇気を愛でられ、彼らと共に旅をすることができたと言うのである。彼の世界流浪譚はマサイ族を喜ばせた。もちろんパントマイムで。武器も持たず、裸一貫で荒野を行くこの男が放つ気品は、マサイ族にも通用したのだ。それは運命の前に裸身をさらして立つ、古典悲劇の英雄のみがもつ品格である。 <