(承前) 補足。…
jrf> (承前) 補足。 「応報すべき善悪が釣り合う」はレッセフェール(自由放任)で釣り合うということではなく、刑罰なども導入した上で、なお、バーチャルな地獄とかの概念で、釣り合うということ。殺人を犯した者を死刑にしなくても釣り合うと考えるのは、そこに偶然の要素を認めるからという見方ができる。現代に近づき罰が軽くなるのは、技術などによって偶然の偏りが変わり、偶然と認めるラインを前進させることができたからといえよう。昔のほうが偶然を認めがたく、応報すべき善悪を必要としたといえる。 それである種の「ブッダ」の「仏国土」はその内実が変化するのだろう。この娑婆は釈尊の「仏国土」だが、じゃあ、仏国土が変化したかというと、変化したとも言えるが、相変わらず釈尊の仏国土のままとも言える。他の「仏国土」の「内実が変化」というのも、そのような具合だろう。