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hachetten> ――「祈り」だけだと思う。他のものは飾り…記念のようなもの>―― 飾りや…記念や…、それらがすべて金銭で動くのが道理なら、残るのは<祈り>だけだと考えはじめたのはむしろこの十年来かもしれませんが、神や宗教を信じる気持ちと、それを「使用する立場」との隔たりをより具体的に経験してしまうと、 ――<結局は、信じるしかないことに属するだろう>。 …JRFさんの公開メモからこの考えを、より固めてしまいました。 母は子供の頃だったので何もわからなかったのですが、父一人に育てられた私は、それから何十年も経って、仏壇や位牌その他、人間でない子供ら三人の仏壇、位牌その他、父母のものもすべて私自身の手でつくったものに取り替えました。それらは趣味でなく、供養への祈りから私をそうさせました。使ったこともないドリル工具のせいで、手のひらに穴の跡が無数に刻まれました(今、消えてます)。仏具のことは何も知らない私が、亡き両親や子らの名前ひとつ、金銭目当ての「うわべの信仰心」に触れさせたことを後悔し、という思いから、ただやみくもの挑戦でした。 パソコンを自作したのも、PCのことは何も知らない自分でしたが、子供ら三人と暮らした頃に使ったPCが壊れ、せめてその名残のPCケースだけを残したい一心で独習し自作へ入ったものです。 月命日が六度あります(一人は外にいた子)、気も塞ぎます。しかし、人生は苦である――と。 言ってみれば、私の場合、技量でなく、「気合」だけです…笑