読書。…
jrf> 読書。 ボルヘス&ビオイ=カサーレス『ボルヘス怪奇譚集』を読んだ。不思議な話の引用集というか抜き書き集。 『ボルヘス怪奇譚集』(ホルヘ・ルイス・ボルヘス & アドルフォ・ビオイ=カサーレス 著, 柳瀬 尚紀 訳, 河出文庫, 2018年4月) https://www.amazon.co.jp/dp/4309464696 https://7net.omni7.jp/detail/1106867509 原著は 1967年刊で、その英語訳からの翻訳らしい。ただ、奥付では 1953年とクレジットされていたりよくわからない。 「人食い鬼の撲滅」(p.12) は、二匹の蜂を逃がしたら人食い鬼がいなくなったという話だが、これは、人を食うほど肉を好む者は、最近話題の昆虫食も試みるが、やっと蜂蜜によって満足したということなのではないかと私は想う。「気むずかし屋」(p.20)は叔父と甥の難しい相続関係への心理を暗示しているのかもしれない。 この本はもしかしたら全編、裏があるまたは心理的な謎解きができるのかもしれない。しかし、そうやって楽しむのがこの本の味ではないように思う。異世界に通じる不思議さを自らの中で消化不良をおこしながら味わうのが、本書の楽しみのように思う。 一方、「アンドロメダー」(p.32)のように私には意味が通じない話もしばしばあった。そういうところは無視するしかなかった。私の理解力不足を嘆くばかりである。 その他、基本的に全編、おもしろくはあったが、特に言及はしない。 ほぼ関係ない一点だけ。刺激されて考えたのは「自由意志」について。 「磁石」と「鑢[やすり]くず」を擬人化した話…。 >(…)ひとつの抑えきれない衝動とともに(…鑢くずの…)一同が叫んだ。「待っていてもむだだ。今日いくんだ。いまいくんだ。直ちにいくんだ」。それから一致団結した塊りとなって彼らはさっと動き、つぎの瞬間には磁石にしがみついていた。すると磁石はにやりと笑った -- というのも鋼鉄の鑢くずだちは自分たちの自由意志でその訪問をしたということに、何ら疑惑を抱いてなかったからだ<(p.111) 《自由意思と神の恩寵 - JRF の私見:宗教と動機付け》 http://jrf.cocolog-nifty.com/religion/2006/02/post_2.html …という記事も書いたが…。 基本的には個々の人には自由意志があるように見える…とは言える。それを超えて…・ 「神の記憶」的になったときすべては現実以上に理想化されていて、救われた者から見れば、すべての出来事は細部にいたるまで理由付けができるのだろう。かつては偶然に見えたことも、まるで虚の世界があとから整備され理由付けられたかのようになる。そのような理想化が完成しているのだろう。 しかし、救われなかった者にすれば、偶然は偶然であった・自由意志があったとしか言えない。「彼ら」がそこに(負の)理由付けを見出すようになったときには、「我々」はすでに塵でしかなく、偶然であったことを主張も思い起こすこともできないのだろうが。