仏と菩薩の差。一つの世界への全放射と、転生した世界での放射。放射は法射。…
jrf> 仏と菩薩の差。一つの世界への全放射と、転生した世界での放射。放射は法射。 量子は一つの世界の放射の像だが、それを世界に適用するには転生した世界での放射のように繰り込む必要がある。 ただし、リアル世界のフラクタルが連続で「繰り込み」を実施しているように、量子も連続に存在しうるはずとなる。 ここに不確定性原理を盛り込むには、そのような連続な繰り込みに終わりがあるとするか、繰り込みの次元と普通の三次元にギャップがあるとするか。 三次元とにギャップがあるとする方向にはなぜギャップがそれ以上以下ではないかの説明がいる。そこに光速の有限さが出てくるだけならまだいいが、結局は不確定性原理を必要とするなら、それはトートロジーとなる。 繰り込みに終わりとする方向は、始原の存在、キリストの一回性みたいなものにつながるのかもしれない。 まぁ、こういう物理学と宗教的宇宙論をあわせるような考え方は、端的に妄想…というか間違いなんだろうけど。