種別[gsm] 2021-12-09T07:58:18Z
セクショングローバル共有メモ
日時2021-12-09T07:58:18Z
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経済シミュレーションの話。追記。(一連のメモは…

jrf> 経済シミュレーションの話。追記。(一連のメモは [cocolog:93150989] にも書いた。)

株価と知財の話。

幸福度をマイナスにする話。出版できることが不幸なのか…というとそれはおかしい。見直しが必要だろう。

知的財産の購入も販売も、そもそも現金で取引すると考えること自体が間違っているのだろうか? しかし、優位性はそれを根拠とするため、知的財産額というのはあるべきで、それに基づき購入や販売がされるべきように思う。

「知財を買う者がいてはじめて利益が確定する」というのは合っていると思う。しかし、その利益は知財を売る者の物というより、社会的な利益なのではないか。 でも、知財を売る者へも一定の利益は還元されるべきであろう。

むしろ、前の一割ぐらい加減して…という話のほうが正しく、知財を売った者は1割は受け取れる…ただし、知財を買った者は、残りはすべて贅沢品購入と直接してしまう。…というのがいいのではないか?

現代は「1割」だが、「1割」の部分を大きくしていくのが「ニューエコノミー」につながるのだろうか? 「1割」でないというと買った分が売った者のふところに入りやすい経済…それって、弟子が師匠に支払う昔の形式がそうではないか。弟子の学ぶための仕事が師匠の収入になる…徒弟制のようなものが、「1割」でないということではないか。それは、「オールドエコノミー」だろう。現代はそれを克服してきたということか。贅沢品がどんどん供給できるようになったから1割知財の世の中になったということか。

ただ、売った者が1割だけ現金を受け取り、買った者はほとんどを贅沢品を現金で買う…という形は、資産市場から商品市場への越境(Erosion)が大きくなり過ぎ、現金のバランスが崩れるはずである。そのバランスを戻すために、現実の経済では、利子収入などがあり、それをこのシステムにも導入すべき段階に来ているのだろうか?

買う側についても、株価上昇により買い値が変わるというのはおかしいのではないか。売り値は上がるべきだが。そう考えると、株価上昇でも買うときの知財価格は変わるべきでない…株価の影響を受ける売り値のための知財価格と、買い値の固定された知財価格は別に計算すべきだろう。固定される…というのは土地価格に固定されるということだろうか? アース?

そういった二つの知財価格によって「1割」の割合が変わる…と? それもおかしい気がする。むしろ、買う側は常に同じ価格水準で全部支払い(贅沢品を購入し)、売る側は買い手からではなく、国から企業の利益(の一部、足りないなら補填してもらって)から知財価格に従って受け取る…というのが自然ではないか。ちょうど、企業の利益がこのシステムにおける株価=知財総額を構成するのにも根拠をあたえるし。

……。

優位性に関係ある知財しか伸びない…というのはおかしい。いろんな学問によって知財が伸び、それが優位性につながるべき…だから、知財総額 R2 が直接 G と等号で結ばれないのはむしろバッファとしての役割がそこにあるということかもしれない。

株式を扱う者は、在庫の予想はできても、科学の予想まではなかなかできるものではない。

……。

ちょっと視点を変えて。

ここでの議論の政策的示唆として、「教育目的金融税」というのを提案できるのではないか。岸田総理は金融所得課税強化を打ち出しているが、その強化分を目的税化して、大学での研究費に充てるのである。ちょうど上で、知財を売った者が大学で雇われるなどして利益を得るというちょっと前の議論と、国が吸い上げた利益を知財を売った者の利益にするという議論につながる。

知財の高価値が企業の優位性になりそれが株価上昇となったものが目的税により大学のレベルを上げ知財の高価値を支える好循環を目指して、そういう政策をする…という説明になるだろうか。