『ユリイカ 2021年12月臨時増刊号 総特集◎タロットの世界』(鏡リュウジ…
jrf> 『ユリイカ 2021年12月臨時増刊号 総特集◎タロットの世界』(鏡リュウジ 編, 青土社, 2021年) を読んだ。 占いの方法は一切載らず、「神秘的な歴史」があったことは書くが、そうではない即物的な歴史に重点を置いて解説がなされる。 >タロットは未来を断言するものではなく、自己の内省を促し、自分の「潜在意識」にすでにある答えを引き出すためのツールであるという認識が定着しているわけである。<(p.128, 鏡リュウジ) >この稿を閉めるにあたって、タロットの寓意と向き合う上で二つのアプローチがあることを改めて強調しておきたい。一つはモークレイ、ダメットに典型的に見られるように実証的にタロットの絵柄の起源を歴史的に研究してゆくアプローチ。そしてもう一つはタロットの中に普遍的な何かを求め、洞察や啓示を得ようとする立場である。後者の立場には、ユングらの大きな影響を見ることができる。考えてみればエラノス自体が、このような「元型的な」発想法の聖域でもあった。<(p.139, 鏡リュウジ) >鏡 僕らがタロットに関わり始めた時には、タロットの古代エジプト起源説とか、カバラとか言われてたけれど、最近はそういうことが言われなくなったと思いませんか? 伊泉 最近は言わないんですか? 僕としては言われていてほしいんだけどな……ああいう都市伝説的な話がまん延しているから、「いや、実は違うんですよ」と驚かせられる。その意味で流行っていてほしいんですが。 <(p.206, 伊泉龍一+鏡リュウジ) >タロットの歴史は「神秘化」のプロセスでもある。タロットは一般的に「神秘的な占いカード」だとイメージされることが多い。僕が子どものころにはタロットははるか古代の秘密の英知を寓意のかたちで隠したものであると紹介する入門書も多かった。だが、現代の実証的な研究では、そうしたイメージは18世紀後半以降に誤解と一種のファンタジーに従ってあとから付与されたもんだということが明らかになっている。しかし、幻滅する必要はない。タロットの面白さはその誤解や妄想が付与されてゆくプロセスそのものとも深く関わっているのである。<(p.9, 鏡リュウジ) >それはともかく、学術的に見ればなお多くの点で否定されかねないタロットと神秘的教義の結び付けを、依然としてヴィルトが著作と作画を通じて行うについては、ジェブランの中にもすでに潜在的にあったパラダイムの変化がある。それは、タロットの図像の中に仮に「エジプト的」な表象が見つかったとしても、それは歴史的にタロットが古代エジプトで創作されたことを必ずしも意味せず、人類の古層にある象徴的思考が至るところに浮かび上がった結果と見なし得るということである。それゆえタロットは誰か一人の創作ではなく、むしろ本来はシンボリズムの点から不十分だったオリジナルな原版が、代々の絵師たちによる模写を通じて徐々に変化し、いつの間にか「匿名の天才的な業」が「純粋な奇跡」(43頁)を生み出したとヴィルトは考える。つまり、かつて歪曲から歪曲の連続と捉えられたタロットのアダプテーションの歴史が、逆に修正から修正の歴史へと転換されるのである。<(p.64-65, 今野喜和人)