[仏教の最適化プログラムの続き。]…
jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。] オプションのパラメータを誰が決めるのか。まぁ、メタな視点に立てば外部に立つ我々が決めるわけだが、内部から見れば何がパラメータを決定しているのか…内部にどういう動きがあると見なして我々はパラメータを決めれば良いのか。 大きく二つ考えられる。一つは、内部にいる人々の思いのようなもの、もう一つは、自然の条件である。まぁ、「神」が決めている面もあるかもしれないが、それは自然の条件に含めよう。 内部にいる人々が決めているからといって、それは民主的に決まるわけではあるまい。僧であったり支配層であったりが特に重くその考えに影響していることが考えられよう。 そして重要なこととして、人々の思いが違うというとき、システム内でしばしば、人によってオプションのパラメータが変わるかのように実装することも可能な場合があるということを考えねばならない。それと一つのパラメータで決めてしまうことはどう違うのか。結局、パラメータを変えるといっても、詳細を常に指定することはほぼ不可能だから、ランダム性を組み入れるという話にしかならない。それならば、このシステムでもすでにある程度はやっている…となる。 パラメータがどう成立してくるかの詳細には立ち入らない…立ち入れない…としても、その成立がなかなかに難しい場合は、この前述べたような必要エネルギーなどの概念を導入してある程度考慮すればいいのだと思う。 ……。 まだ、決まった話でなくボンヤリした話なのだが…。 「来世がないほうが良い」には「少子化を受け入れる」「カルマを下げる」「狂信を防ぐ」といった意味が含まれる。「来世がないほうが良い」を「最適化」して、その概要値が 0.7 になるとして、「少子化を受け入れる」:「カルマを下げる」:「狂信を防ぐ」 がそれぞれ 0.1:0.2:0.4 になることもあれば 0.2:0.4:0.1 になることもあるだろう。ここでは親である「来世がないほうが良い」の子として含まれるものの概要値の和が 0.7 になるようにしてみたが、「その他」というものも合わせ、和が 0.7 未満になるようにすることも考えられる。 親の概要値が決まっているとして、その子の概要値の組み合わせというのが決まってきて、それについて、エネルギーはどれぐらいというのが決まってくるのかもしれない。 必要エネルギーの等しいものから組み合わせが選ばれるが、それは民主的に多数決で決まるのではなく、むしろランダムでどれか一つに決まる感じか。0.7 になるような必要エネルギーが一定のものを集めて平均したりプロットしたりすることにどれほど意味があるのか…。 等しいエネルギーの中からどれか選ぶとなるとランダム的で、それがどういう傾向を持つかというのにはそれなりの関心を持てるが、もっともエネルギーを高くした「望ましいもの」というのは逆に決まってきそうで、そのほうが意味があるのかもしれない。 「望ましいもの」からどれぐらい離れたかを論じる…というのが、この先論を進める方向になるのか…。