[仏教の最適化プログラムの続き。] 重犯罪について考えを改める。 まず、死者の…
jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。] 重犯罪について考えを改める。 まず、死者の hating が減るのは僧によって宥められたからというよりも忘却があったからとする。僧はときに語り継ぐことによって思い出させることがあるのみ。まぁ、思い出させるときに、憎しみを強調するようなことはないだろうが。 そして重犯罪について親族の hating を見るとき、前は加害者側だけを見ていたが、被害者側の親族の hating も見ることにする。被害者側の hating の soothe する前の最大のものを h1 とし、それを soothe したものを h2 とする。また、加害者側の hating で soothe した最大のものを h3、その h3 を soothe する前を h4 とする。hating を 0.5 にしたりするのは前といっしょ。 h5 = min(h3, h4 * (1 - 0.5 * (1 - h2/h1)) が被害者に対する hating になる。 被害者を選ぶときは、h3 が最大の被害者が選ばれ、被害の大きさを決めるときに、h5 が参照される。 つまり、被害者親族が憎しみを忘却してくれたことを知ってるがゆえに、加害者はある程度、忘却できるものと見なす…ということ。被害者側が憎しみを抱いていたのに何も起こっていないことが、加害者側から被害者側への憎しみが新たに生じないことになる。もし、憎しみが新たに生じていれば、それは被害者が選ばれる理由になるが、それが過去の深い因縁に起因しているなら、それは許すべきだと教えられている。因縁が前の出来事であるほど、近時の自分側の憎しみは割引いて感じるべきだと教えられている。…といったところか。 すると、h5 の式に現れる 0.5 は、education が大きいと 0.7 になり、小さいと 0.5 になるとかあっても良さそうか。 そもそも education が大きいと犯罪を犯しにくいというのもありそうだが…。ただ、education の犯罪への効果はあるとしてもそれほど大きくないとはしよう。それよりも貧乏かどうかのほうが大きいし、それよりも偶然のほうが大きい。…と。