[仏教の最適化プログラムの続き。] 災害と民側のパラメータについて。…
jrf> [仏教の最適化プログラムの続き。] 災害と民側のパラメータについて。 災害の発生するのを防止するのは「戦略」、発生した害を少なくするのは「戦術」、発生の予知が「予知」、それらを統合するのは「政治」と呼べばよいか。 水害の防止のためには、民の技能がある程度あり、設備の設置などの「戦略」活動をした上で、発生したら、「戦術」的対応として避難により害を少なくする。設備が痛んできたりすることで「予知」が発生する。 蛮族の侵入に対応するためには、民の訓練がある程度あり、武器の備蓄など「戦略」活動をした上で、発生したら、「戦術」的対応として軍務にあたる。「予知」もある程度はできる。 水害用の技能…すあなわち訓練があり、蛮族の侵入用の訓練があるが、一般的な「技能」「訓練」または「統率度」などというパラメータはあるべきなのかどうなのか…。「統率度」というか、すべてにおいて、民を動かすときに、political_hating の多さによって、効果が変わってくるみたいなのはあってよさそうだが…。 「技能」が高いと、その高さに見合うだけの予算がないといけない…みたいなのはありそうだが…。それは対応度の最大値があって、最大値は技能レベルによって成長する。その最大値に満たない状況で災害にあうと political_hating がたまる…みたいなことなんだろうか。なぜ最大値を達成できないかというと、他に予算を使っているから…なのだろうが、そうしているのにも何か理由があるはずで…。 …「災害用技能」と「戦闘用技能」は分けねならないだろうが、「災害用技能」をそれ以上些末に分ける必要はないかな。「災害用準備または施設」と「戦闘用準備または施設・武器」は分けるが、それぞれをそれ以上些末に分ける必要は、このシミュレーションではないか。「人心」については、political_hating ではかるが、political_hating は祭などで慰撫される。…と。 「災害用技能」「戦闘用技能」「災害用準備または施設」「戦闘用準備または施設・武器」「人心」にそれぞれ金をかける必要があり、予知によって、どれに金を重点的に使うかが決まる…と。 災害用技能が高いとよい施設が作れ、施設が戦略・戦術にプラスになる。技能だけでは戦略・戦術に対する意味はほとんどない。予知があると増やせるのは施設だけで、技能は増えないか…いや、技能も経験により増えるとすべきか。ただ、技能上昇を目的とする研究よりは技能は増えない感じか。技能は災害後もだいたい残るが、施設は大きな被害が出る…と。 予知に関しては専用設備を必要とすることも考えられる。施設上昇が、通常の施設パラメーター上昇ではなく、専用のパラメータに振り向けられ、それが max までたまると、災害が回避される…みたいなもの。 戦闘用技能には二つありうるか。武器などを作る能力と戦闘力は違うだろう。ただ、前者は災害用技能と共通する部分が大きいと考え、災害用技能と戦闘力の二つを考える。そして武器などを作る能力=狭義の戦闘用技能は、「(災害用技能 * 2 + 戦闘力) / 3」としよう。狭義の戦闘用技能が高いと施設・武器が作れ、戦略・戦術にプラスになる。戦闘力は戦術に対するプラスになる。戦闘力は微妙に戦略に対してもプラスになりうるか。予知により施設・武器は増やせるが、戦闘力上昇は間に合わないか、あまり意味がない。戦闘後は、施設・武器の被害や戦闘力の減少はあるが、他の災害ほどではない。ただ、人はたくさん死ぬ。…といった感じか。 ただ、これを支配層のパラメータともからませなければならないのが厄介だな…。