生命または意思を持つとはどういうことかというのはよくわかっていない。…
jrf> 生命または意思を持つとはどういうことかというのはよくわかっていない。 木が人に彫らせる…そういう意思のありかたもあるのかもしれない。ゴキブリにも意思・仏性があるなら、そういう木に意思を見出して何が悪かろう。 死んで霊がそのあたりに存在するなら、五蘊を離れて、執着がなくなり、よほどの恨みがなく教えさえあれば「成仏」しやすいのかもしれない。死人は「ほとけ」になりうるほど善い人だった・悪い部分はあっても救いのある人だったと思い返し、死後「ほとけ」になるという信仰はそれほど罪のあるものではない。信仰は論理的なものではなく、並立していてもよい。信じる先が多過ぎて寄進先が多いのは不幸だが、純粋な信仰を求めるのも僧や支配者側の都合で不幸ではないのか。 そういう霊が「ほとけ」になるあり方があるなら、「善根を積むこと、菩提心を起こすこと、八正道を修めること」に相当するようなことをクリアした「山川草木悉皆成仏」もありうるのではないか。仏教には様々な流派がある。そういうフトコロの広い宗教だと信じたい。