[易理。吉凶悔吝。]…
[易理。吉凶悔吝。] 天意に吉[かな]う・天意に凶[もと]る。人心に悔[くい]あり・人心に吝[うらみ]あり。と私は訓じる。 悔吝の説明が難しい。 A からみて、A に対する B の位置がおかしい…とき、A は B に対する吝があるという。A からみて、B に対する A の位置がおかしい…とき、A は悔ありという。悔ありの場合は、相対的な B がいなくても絶対的に成立するが、吝ありの場合は、相対的にしか成立しないと言っていい。 ただし、吝があるからといって、A が B を恨んでいるかというとそうではない。A の周りの人物がストレスをためているということである。悔ありだからといって、A が心情的に悔いているとは限らず、A の(立場の)周りに人間にストレスがあるということである。 吝・悔の解消は、位置が変わるだけでなく、第三者(C)の影響で解消されることもありうる。すなわち、C に B や A が応じるとき、その位置に必要性が出てきて、吝・悔が解消へと向かうこともあるのである。 うらみがあれば悔いるべきか? うらみが「恨み」であれば、高い地位の人間が下の人間を恨むようなことはないなどと言え、「恨み」がない替わりに「悔いるべし」となるかもしれないが、「吝」であれば、単にそういう状態であって、高い地位の人間の周りにストレスがあるというだけなので、悔いるべしとは必ずしも言えないと思う。