誰もできないよりは誰かができたほうがいい
能力がなければ成功しない。能力があるからといって成功するわけではない。成功した者はその能力を誇っていい。失敗したからといって諦める必要はない。
能力があっても巡り合わせがよくなくて成功できてない者はどこかにいる。失敗しているなら能力が足りていない可能性は当然ある。
他者から見た運は本人の実力のうちだが、自分にとっても運であるものは、他者にも実力があったがゆえである。
運に叶える人間はあっても社会にその機会は少ない。
誰もできないよりは誰かができたほうがいい。誰かだけがたすかることを憎む自分を理解して、他者にはつまらないだろうことでも、できたことは、誰かができるように自分なりに open に<ruby><rb>遺</rb><rt>のこ</rt></ruby>せばいい。
きっと誰かができるようになる。その「誰か」は「私」かもしれない。
■関連(?)
●《「結果」の平等、「機会」の平等》。努力と報酬に関して。
●《GPL のここが嫌い》。<ruby><rb>オープンソース</rb><rt>open source</rt></ruby>に関して。
●《『創世記』ひろい読み − バベルの塔》。
更新:2011-02-14
初公開:2011年02月14日 17:25:56
最新版:2011年02月14日 19:10:02
Links:
「結果」の平等、「機会」の平等: http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2006/02/post_2.html
GPL のここが嫌い: http://jrf.cocolog-nifty.com/column/2006/02/post_36.html
『創世記』ひろい読み − バベルの塔: http://jrf.cocolog-nifty.com/religion/2006/02/post_13.html