法を体現させる
日本はほうち国家であり、法は守るべきです。しかし、法をつくった者と人との間にはスキ間があり、そこで争いはおこるものです。人のふりみて我がふりなおせといいます。忘れてはならないほうは、法でも人でもなく、「法が人を生かせる野ではなく、人が法をいかすのである」ということだと私は信じています。
<b>解題</b>
2001年の精神分裂病のまさに罹りはじめのときに書いたものの一部です。ひらがなが多いのは様々な読み(というか漢字による解釈やカギカッコ付きの解釈)を許すためにしています。
最近「人が法を活かす」ということについて考えます。周辺事態法を今適用すべきかという議論を聞いていて何かと問題含みだなぁと感じています。ちなみに、あのときは「人が法をイかす(性的な意味で)」というような読みも考えていました。
ちょっと話ははずれますが、『現代語訳 般若心経』(玄侑 宗久, ちくま新書, 2006年)を読みました。法は自分でイかすんじゃなく誰かをイかせようとして自分もたのしむような感じがいいのかなとか思いました。(注: 今は精神分裂病の症状はないですよ!)
ところで、「般若波羅蜜多」をゲームでいうところの「知識のパラメータ」とかって解釈するのかと思っていましたが、それは儒学における「仁」を「日本じゃあ二番目(by ズバット) な人」と解釈するぐらい勘違いなことなんでしょうね。
■以前書いた記事で関連があると自分が思えるもの
●《今日、今さらだが構造改革に絶対必要な法律があるなと思った》
■参考
●《Wikipedia:社会契約》。今読むとこれは違和感を覚えます。
更新:01/10/??,2006-10-24,2006-10-25
初公開:2006年10月25日 00:01:21
最新版:2006年11月07日 19:05:38
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《「自由と平等」のレトリック》 from JRF の私見:税・経済・法
入札や輸入の条件を緩和し自由にすることで、これまで除外されていた者が機会を得て参入が可能となり、より平等に近づくことがある。 教育の機会を平等にすることで、はじめて、貧しさから脱却する自由を得られる場合がある。 「自由」と「平等」は対立する概念ではない。 ...
受信: 2006-11-07 19:22:22 (JST)
Comments:
更新:「以前書いた記事で関連があると自分が思えるもの」を足した。
投稿: JRF | 2006-10-25 17:30:09 (JST)
更新:参考に《Wikipedia:社会契約》を足した。
投稿: JRF | 2006-11-07 19:17:48 (JST)
題を「日本國携帯用憲法」(素案)とでもしようとか迷いに迷っています。
投稿: JRF | 2007-02-21 15:13:55 (JST)
Links:
現代語訳 般若心経: http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480063196
今日、今さらだが構造改革に絶対必要な法律があるなと思った: http://jrf.cocolog-nifty.com/column/2006/04/post_12.html
Wikipedia:社会契約: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%A5%91%E7%B4%84 (hbm)